「ジャンルの境を踏み破る、インストゥルメンタルの深化。」と書かれた帯をまとったインスト作品です。伊藤ゴローさんは、作曲家であり、ギタリストとして活躍されている方で、公式サイトでは、自らを作曲家、ボサ・ノヴァ・ギタリスト、プロデューサーと紹介されています。

 彼はさまざまなプロジェクトで活躍されていますが、この作品はかれの3枚目のソロ・アルバムということになります。伊藤さんのギターを中心とするアンサンブルによる美しい演奏を収録した作品で、使用されているのはアコースティックな楽器ばかりです。

 全部で11曲収録されていて、そのうち4曲は「オーパスキュール」というタイトルに番号が付された作品です。番号は奇数ばかりで、1、3、5、7となっていて、アルバムの1、4、7、10番目に収録されています。

 これは、「ピアノ、チェロ、ギター、クラリネットの4人でスタジオに入って、フリーで音を出し合い録りっぱなしにしたものを分割した。いいところを選んで番号を付けた」と説明されています。ワン・セッションの即興を全体に散りばめることでアルバム全体を「一つの塊みたいなもの」にしているということです(読売新聞2014/4/17)。

 解説では、「インプロヴィゼーションの閃光と緻密なコンポジションを共鳴させ、ジャンルの境を踏み破る、あらたなインストゥルメンタルを展開している」となっています。しかし、上のお話やあまりキャッチーな分かりやすいメロディーが出てこないことから推察すると、かなり即興の比重が高いのではないかと思います。

 激しいインタープレイがあるというよりは、高い緊張感は感じられるものの、気持ちのよい静かな演奏が続きます。前作はECMレーベルのジャズ作品を彷彿とさせると言われていたようですが、この作品は北欧というよりもやはり南半球が入っているように思います。ECMにもブラジリアンはいましたけれども。

 何と言ってもボサ・ノヴァ・ギタリストです。音が少し湿った感じがします。梅雨というわけではなくて、熱帯雨林の湿った感じです。妙に色彩が鮮やかに見える水蒸気の曇りのようなイメージと言えばよいでしょうか。

 参加しているミュージシャンには、ソイル&ピンプ・セッションズから丈青さんと秋田ゴールドマンさんの顔が見えるところが注目されます。顔の広い伊藤さんならではの人選なんでしょう。他にも落ち着いた顔ぶれが揃っています。日本にもこういう層が厚くなってきているということでしょう。

 ジャケットがまたセンスが良いです。文字だけをあしらったジャケットで、スキャンすると色合いがはっきり出てこないところが素敵です。これは、詩人であり、装幀コンクールで大臣賞を受賞した平出隆さんという方が担当しています。

 アコースティックな楽器の一音一音を美しく響かせる録音は素晴らしいと思います。ここまで生々しいとライブを聴いているようです。瑞々しい音の塊に身を委ねていると大そう気持ちよくなれます。成熟した音です。 

Postludium / Goro Ito (2013 Spiral)