インド人にインド通として認められるための条件の一つは、ラタ・マンゲシュカルとアシャ・ボスレ姉妹の声を聞き分けることができる、というものです。それくらいこの姉妹の歌声はインド人の生活に密着しています。

 インドの方にこの話をするとたいてい同意していただけます。しかし、実際にインド人にテストしてみますと、わいわい盛り上がりながらも、結構間違えるんですね。それくらい、この姉妹の歌声は似ています。

 この姉妹はインドの映画界に半世紀以上も君臨する歌姫姉妹です。国民的人気度ではやや姉のラタさんに分がありますが、それでもアシャさんも凄いです。ラタさんは歌った曲数でギネス・ブックに掲載されましたが、実はアシャさんの方が多いです。

 そして、アシャさんの曲の売上枚数はエルヴィスとビートルズを足した数よりも多いです。世界一の歌手と言っても言い過ぎではありません。

 ラタさんは歳をとってから宗教歌の方に向かいましたが、アシャさんはそうではありません。76歳の誕生日を迎えてなお「まだまだいろんな外国の方とレコーディングしたい」と語るほど チャレンジ精神が旺盛なんです。

 このアルバムは、そんなアシャさんが米国のクロノス・カルテットと組んだ作品です。クロノス・カルテットも意欲的に世界中の音楽に挑戦し続けていますから、革新的な挑戦者同士のベスト・マッチと言えましょう。

 作品は2005年発表ですから、アシャさんは72歳です。彼女の夫でもあるボリウッドの音楽ディレクター、故RDバーマンの作品から選曲された歌が並んでいます。演奏はクロノスの四人に加えて、かの有名なタブラ奏者ザキール・フセイン、さらにクロノスとは縁の深い中国人ウー・マンが琵琶で参加しています。この琵琶はインド楽器サントゥールやサロードの代役を務めているようです。

 比較的オリジナルに忠実なアレンジで演奏が行われています。実は、クロノスがオリジナルをお手本に多重録音を繰り返して作品を作るというのは極めて稀なことなのだそうです。それほどRDバーマンのオリジナルに深みがあるということでしょう。さすがに当時の録音による独特の味わいまでは再現されていませんが、その代わり、落ち着いた重厚なサウンドが聴こえてきます。

 アシャさんの声も昔のきんきんする声ではなくて、実に落ち着いた滋味にあふれる声です。70歳を超えているとはとても思えないしなやかさです。ウーさんの琵琶は、そこはかとない中国風味を加えていいアクセントとなっています。もちろん、ザキール師匠のタブラは素晴らしいのですが、なんとアシャさんとは初顔合わせというから驚きます。

 ボリウッドの黄金時代を支えたアシャとRDバーマン夫妻の音楽がこうして見事に蘇りました。クロノスはとてもよい仕事をしたと思います。これを聴きこんだらオリジナルが聴きたくなること必定です。ボリウッド音楽の往年の輝きを再生する素敵な試みだといえます。

You've Stolen My Heart / Kronos Quartet & Asha Bosle (2005 Nonesuch)

ミックス違いですが。