裏ベックと言ってもいい作品です。もちろん、シャルロット・ゲンズブールの作品なのですけれども、全面的にアメリカの鬼才ベックが係わっています。彼の名はプロデュースにとどまらず、1曲を除き全曲の作者にクレジットされていますし、演奏もかなりの部分がベックによるものです。

 公式サイトによれば、何でもベックはシャルロットからご指名を受けて、プロデュースとミキシングのみを手掛ける予定だったらしいのですが、作業を始めた途端に意気投合して、結局こんなことになってしまったということです。

 ベックにとってもここまで全面的に他のアーティストに係わることは初めてのことだったようです。ついでにベックのお父さんもストリングスのアレンジに参加しています。嫁にもらったようなもんですかね。

 ご案内の通り、シャルロットはセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの間に生まれたサラブレッド女優です。13歳の時には映画デビューを果たし、すくすくと育って今や大女優です。そんな人もいるんですねえと、ため息の一つもつきたくなりますね。

 歌手活動も早くから始めていて、デビュー・アルバムは15歳の時、邦題は「魅少女シャルロット」でした。歌手活動の方はさほど熱心ではなく、2009年のこのアルバムがまだ3作目です。余裕の活動と申し上げましょう。

 この作品のタイトル「IRM」はMRIのフランス語版です。MRIの日本語名を調べてみますと「核磁気共鳴画像法」というのですね。初めて知りました。一度だけ脳のMRIを受けたことがあります。結果は異状なしでしたけれども、画像を撮られている時は変な気分でした。

 タイトル曲はMRIの機械の音が使われているようで、歌詞も♪写真を撮って。何が中に見える?♪と不気味なことこの上ありません。ジャケットもかなり気味が悪いですけれども、サウンドはそういうことではありません。

 ベックらしいひねくれたポップな楽曲にシャルロットの囁きボーカルが美しい、とてもセンスの良い作品集になっています。全編フランス語で歌われる歌は1曲のみで、後は一曲だけアポリネールの詩が引用されている他、全て英語で歌われます。シャルロットによれば、母国語で歌わないことで感じる「借り物感」が好きなんだそうです。

 ベックの音作りはいつものベックなのですけれども、やはりシャルロットの歌の魅力を引き出すことを考えていることが分かります。いつもよりもほっこりした感じがたまりません。シャルロットの繊細で美しい囁きに、ベックのサウンドは見事に合っています。

 私は「タイム・オブ・ジ・アサシン」が好きです。なんていうことのない短い小品なのですが、淡いメロディーに、年齢不詳の天使の声が乗っています。いつものベック流の実験的なロックが、シャルロットの歌声で別の世界に連れていかれているようです。

 一瞬シャッグスを思い出す部分もある、美しい宝石のような素晴らしい作品です。

IRM / Charlotte Gainsbourg (2009 Because)