今ではステレオという言葉はほとんど死語になっているようですが、私の子供の頃はステレオと言えば応接間の一角を占める大きな高級家具でした。白いレースを掛けたりなんかして、ラジカセやコンポなどという今の装置とは地位が違っていました。

 考えてみれば応接間という言葉もあまり使いませんね。しかし、当時は多くの家には応接間があって、そこにステレオが鎮座ましましていました。そしてレコード・ライブラリーにはたいてい映画音楽大全集やら、魅惑のハワイアン・ムードなどというムード音楽のレコードがあったものです。

 ロックが主流になると、そうした音楽は片隅に追いやられていきましたが、やがてクラブ音楽の隆盛とともにラウンジだとかモンドだとかという名前で再発見されていきます。マーティン・デニーのこの作品はその代表ではないでしょうか。

 この作品はともかく1959年にはビルボードの1位を獲得しています。それほどポピュラーだったわけです。しかし、60年生まれの私にはとんと縁のない音楽でした。最も聴かれなかった時代に青春を過ごしたのが私たちの世代です。

 しかし、このアルバムの噂だけは聴いていました。細野晴臣さんとYMOのおかげです。ただ、実際に音楽を聴くのはずっと後のことです。満を持して聴いてみると、とても懐かしいから不思議です。子どもの頃、知らず知らずのうちにこういう音楽を聴いていたんでしょうね。我が家にもムード音楽全集ありましたし。

 マーティン・デニーさんはニューヨーク州に生まれて西海岸で育つという生粋のアメリカ人です。大学で音楽を学んでもいます。その彼が演奏するのは、白人の考える南国の楽園音楽です。白人から見れば、自分たちが思い描くエキゾティックそのままの音楽ですから、まさにエキゾティカです。

 とは言え、実際にどこかの音楽であるわけではなく、根なし草です。このアルバムの裏ジャケットに書いてあることを素直に読むと、デニーさんのバンドは米国の大実業家ヘンリー・カイザーが見出したハワイのバンドであるかのように思われます。実際、ハワイを拠点にして活動していた訳ですが、彼が生粋のハワイアンというわけではありません。まさにエキゾティカ。

 このグループの売り物は「何と言ってもマーティン・デニーの奇天烈な音の即興から生まれる新しいサウンドと豪勢なリズムである」とも書かれていて、デニー本人の言葉として「メロディを重視することでムードを作り出し、そこに風変わりな効果音を加えてさらに際立たせているのです」と解説されています。

 まさにムードが大事なんです。4人組のバンドが奏でるエキゾティックなムード音楽は、世界中の誰が聴いてもエキゾティカでしょう。どこかにある楽園の音楽。手が届きそうだけれども、実際にはどこにもない。音楽は本来そういうものなのかもしれませんね。

 エキゾティカの父と呼ばれるだけのことはあり、この種の音楽はもうこれだけで十分というくらいの素晴らしい音楽です。時々無性に聴きたくなります。

 この作品はモノラル録音で発売された後、メンバー交代を経てステレオ録音で再発されています。このCDには両方が収められていますが、デニーさんは初心の響きモノラルの方がよいと言っています。確かにそうですね。新たなジャンルを作り出した渾身の一発はやはりモノの方です。 

Exotica ...the exciting sounds of / Martin Denny (1957 Liberty)