真っ暗闇の部屋よりも無音の部屋の方がつらいらしいです。視覚よりも聴覚を遮断した方が生活に支障が生じるものなのだそうです。当たり前に接しているわけですが、ことほど左様に音は重要です。

 映像のない音楽は普通に楽しめますけれども、音と音楽のない映像はとても居心地が悪いです。トーキーが出来る前の無声映画でも、映像にあわせて演奏したり、弁士が語る興行形態が普通だったのはそういうわけなのでしょう。

 音楽家は無声映画を見ると無性に音楽をつけてみたくなるものらしいです。この作品は戸川純さんとゲルニカをやっていた上野耕路さんによる、お気に入りの無声映画のサウンドトラック集です。全部で6作品。DVDで見たいところです。動画を見ながら聴いてみましたけれども、同期ができないところが残念です。

 私の学生時代には、上野にある東京都美術館やら新宿のミニシアターなどで、前衛映画をまとめて上映するイベントが結構ありました。前衛映画です。何と懐かしく響くのでしょうね。お金はないけれども時間はあった学生時代でしたから、よく見に行ったものです。

 ここに収められている6作品は全部見たと思います。とりわけ、ルネ・クレールの「幕間」とフェルナン・レジェ の「バレー・メカニック」はよく覚えています。マン・レイの「エマクバキア」と「ひとで」も印象深いし、デュシャンの「アネミック・シネマ」も面白かったです。

 ほかには、ハンス・リヒターの「金で買える夢」だとか、草間弥生の「水玉消滅」とか、クレス・オルデンバーグや、ジャック・スミスや、ケネス・ アンガーとか。名前を並べるだけでぞくぞくしてきます。ただ、ダリの有名な「アンダルシアの犬」は怖くて見れませんでした。目玉をかみそりで切るなんて...。

 思い出話は置いておいて、作品を聴いてみましょう。映画を見たのはずいぶん昔なので、さすがにこれを聴きながら走馬灯のように映画の情景が浮かんでくるというわけにはいきません。それでも何度も見た「幕間」などは、デュシャンとマン・レイがチェスをしているところだとか、ピカビアとサティが大砲をはさんで漫才するところとか、結構思い出しました。

 「幕間」にはサティの伴奏があるわけで、そのピアノの伴奏つきで見たこともあります。上野バージョンもなかなかどうして素敵です。弦と管と上野さんのピアノやシンセの室内楽。あくまでサントラとしての控え目な態度が美しいです。ちょうど戦前のヨーロッパの香りが漂ってくる至って心地よい音楽だと思います。上野さんのセンスはゲルニカといい、これといい、本当に素晴らしいですね。

 こういう作品を聴くと、音楽が出来る人っていいなあと素直に思います。だって本当に楽しそうです。ちゃんと動画とともに見てみたいです。

Music For Silent Movies / 上野耕路 (1985 Yen)

http://youtu.be/K8LXZ1b3hVY