そうとは意識していませんでしたが、タイトル曲はクリスマスの定番となっているそうですね。あまりクリスマス感はありませんが、この題名ですからね。

 この映画はとても面白かったです。ただ、大島渚監督自身による作品解説はちっとも面白くありませんでしたし、ストーリー展開も何だか穴だらけだったように思います。そういうところではなくて、監督の意図するところを超えたところが面白かったんです。

 何が面白かったかというと、素人3人の演技です。主役級の人々の中で、まともな俳優はトム・コンティのみ。坂本さんはもちろん、ビートたけしさんもこれが初めて、そしてデヴィッド・ボウイも演技経験があるとは言え、まあ素人です。

 最初は下手さが目につきますし、別に急に上手になるわけでもないのですが、映画が進むにつれて神がかって来るんですね。完全に映画を俳優が超えました。最後にたけしさんがアップで、「メリー・クリスマス、ミスター・ローレンス」と言った瞬間、私も泣きました。凄いシーンでした。

 そしてこの音楽。特に一度聴いたら忘れられないタイトル曲は、坂本教授の曲の中でも一二を争う認知度でしょう。これが坂本さんにとっては初のサントラで、英国アカデミー賞作曲賞を受賞します。この後、教授は数多くのサントラを手掛け、米国アカデミー賞もとることになることはご存じの通り。

 映画音楽とは「映像の力が弱いところに音楽を入れる」ということだと喝破した教授は、見事に監督の意図を体現することになります。監督からしてもありがたい存在なんでしょうね。そして、聴く者にとってみれば、野放しにするとややこしい作品になりがちな教授の作品群にあってはとても聴きやすい。

 三方一両損ならぬ三方一両得ですね。誰もが幸せになれるという見事な構図です。

 サウンドは当時としてはとても不思議でした。シンセの名機プロフェット5、リズム・マシンのリン・ドラム、そしてサンプリングを世に知らしめたE-MUのエミュレータを駆使して出来上がった音です。生楽器はほとんどピアノのみ。

 83年ですよ。まだまだ電子楽器の幼年期です。今となっては不思議でも何でもありませんが、当時は本当に不思議な音色に胸を躍らせたものです。そんな音色で奏でられる曲は一つ一つは小品です。楽曲としてのまとまりを意図していない。

 そのサントラの風情がとても素敵に感じられたものでした。ただ、映画のシーンもそうでしたが、少年が歌う「ライド・ライド・ライド」は何だかなあと思っていました。あれ、必要なんですかねえ。

 そして、サントラでは最後にデヴィッド・シルヴィアンがタイトル曲に歌詞を乗せて歌ったバージョンが収められています。これは本当に素晴らしいとだけ言っておきましょう。

 日本のサントラ史に残る超名盤です。

戦場のメリー・クリスマス / 坂本龍一 (1983 MIDI)