夭折の天才とされるヘンリー・パーセルの唯一の完全なオペラ作品として現存する「ディドとエアネス」です。英国のバロック最大の作曲家と言われるだけあって、典型的なバロックの音が聞こえてきます。

 典型的なバロックの音と申し上げたのは、チェンバロと弦楽器の音色と節回しです。これは音楽の授業で最初にならうバロック音楽そのものです。万人のクラシック教養に訴えかける、とても耳に優しい音楽だと思います。

 物語は古代ギリシャはトロイの王子エアネスとカルタゴの王女ディドの悲恋を描いたものです。表記の仕方はいろいろありまして、アエネアスとダイドーの方が私には馴染みがあります。西洋社会では世に名高い物語です。

 諸説あるようですが、もとはパーセルの友人が経営する女学校の学芸会用に作られた小規模な室内オペラ作品だと言うことで、とても平明簡易、極めて分かりやすいです。全体は三幕に分かれていて、それでも通しで50分強と、学芸会としては至極真っ当です。

 この長さに詰め込むわけですから、ジェットコースター・ムービーのような物語の展開ぶりです。展開が速くて、個々のシーンの長さが短いので、まるでポップスの作品を聴いているかのような気持ちになってきます。

 歌はもちろん英語で歌われていますし、それぞれのパートには歌いだしの英語詞がタイトルとなっていますので、それだけ読んでも物語の大筋はつかめます。そんな分かりやすさの上に、雷や嵐の音を楽器で再現するなどのサービス精神も旺盛です。

 そんな作品ですから、オペラというよりも、私にとってはミュージカルに近い。バロック調ミュージカルとして、気持ちよく楽しめました。オペラとどう違うかと言われると困りますね。私にオペラの知識がないだけなのかもしれません。

 物語の圧巻は「私が大地に帰るとき」です。ディドが自殺する場面でのアリアです。クライマックスに相応しい熱唱です。ここでは、バロック・ジャズで名をはせたスウィングル・シスターズのメンバーでもあったキャサリン・ボットが見事に歌いあげています。

 演奏は、クリストファー・ホグウッド率いるエンシェント室内管弦楽団です。この楽団はホグウッドさんが18世紀から19世紀初頭の音楽を古楽器で演奏するために創設した楽団ですから、1689年初演とされるこの作品などはぴったりです。

 聴いていると、現代の英国の大衆音楽と地続きであることが分かります。英国のミュージシャンがストリングスを使ったり、曲の構成をいろいろ工夫したりする時に立ち現われてくる風情が似ています。何たって学芸会用ですからね。大衆音楽と芸術音楽の区別が曖昧だった頃の作品です。

 典型的なバロックでありながら、ウェスト・エンドのミュージカルと言ってもおかしくないという大変楽しい作品です。

Henry Purcell : Dido & Aeneas / Christopher Hogwood, The Academy of Ancient Music (1994 Decca)