$あれも聴きたいこれも聴きたい 「楽園に誘う歌声」、「楽園からのサウンド」。帯に添えられたキャッチ・コピーからは、「楽園」がキーワードだということが分かります。音楽に耳を傾けてみると、「100%オーガニックなナチュラル・サウンド」にナンシーのリラックスしたボーカルが加わって、「パラダイス・ミュージック」が確かに聞こえてきます。

 ナンシー・ヴィエイラはセネガル沖に浮かぶ島々からなる国、カーボ・ヴェルデの女性シンガーです。彼女は友人が出場したソング・コンテストに随行していったら、飛び入り参加で優勝してしまったという、ありがちな逸話の持ち主です。そのご褒美にアルバムを発表したのが96年、19歳の時です。

 その後、長い育児休暇をとってセカンド・アルバムは8年後、2007年の三枚目でようやくプロになったという、まったくがつがつしていないリラックスの極みのような歌手生活です。そして、この4枚目に至りました。

 ナンシーは14歳の時に父親が元宗主国のポルトガルに大使として赴任して以来リスボンに住んでいます。そして最初の3枚はリスボン録音でしたが、今回初めて故国カーボ・ヴェルデで、現地のミュージシャンたちと一緒に録音することになりました。「まるで家にいるような感じで、今回は特別リラックスした環境のなかでのレコーディングだった」そうです。

 カーボ・ヴェルデはポルトガル領だったこともあって、当地の音楽はポルトガルのファドや、同じくポルトガル領だったアンゴラやブラジルの音楽の影響を受けています。そして、カーボ・ヴェルデを代表するモルナの他にもコライデイラ、バトゥーケ、フィナソン、フナナーなどと呼ばれる豊かな音楽が育ちました。

 何とも隔靴掻痒な感じなんですが、ライナーや雑誌記事を読むと、ナンシーがカーボ・ヴェルデ出身であること、カーボ・ヴェルデにはモルナという音楽があることは分かるのですが、ナンシーがここで歌っている音楽がモルナであるとははっきり書いてありません。

 というわけで、そこにこだわるのはやめましょう。そんなことから離れて聴いてみても十分に楽しいです。決して難しい音楽ではありません。とてもシンプルでアコースティックな音楽です。素敵な音色の秘密はカーボ・ヴェルデとブラジルに伝わる弦楽器カヴァキーニョとポルトガル・ギターだそうです。

 ナンシーの歌声はとても自然です。「ハイ・ノートは好きじゃない。レイジーでスムーズな感じが私には自然で心地いい」と語る通り、低めの声がすっと懐に入ってきます。決して無理をせずに自分にあった歌を歌っていることがよく分かります。

 アルバムの原題は作品中の一曲のタイトルにもなっています。その意味は「愛し合いましょう」ということです。シンプルながら力強いメッセージです。言語はカーボ・ヴェルデ・クレオール語です。単語のルーツはポルトガル語、シンタックスなどはアフリカの言語、ナンシーの説明だと「ブラジルの言語が混じったポルトガル語の方言」だといいます。そこには気負いはありません。クレオール語が自然だからそれを使う。いい姿勢です。

 とてもナチュラルで洗練されたオーガニック・ミュージックです。心が洗われます。

(引用はCDジャーナル2013年9月号)

No Ama / Nancy Vieira (2012 Lusafrica)