$あれも聴きたいこれも聴きたい ショウビズのシステムに乗らないと外国の音楽が耳に届くことはほぼないわけですが、時に我々はショウビズのシステムに乗っていない音楽をとるに足らない音楽であるかのように扱ってしまうことがあります。しかし、それは全く間違いなんですね。時に反省しなければなりません。

 この作品は、アメリカのギタリストにしてルーツ・ミュージックへの愛に満ち溢れたライ・クーダーの始めたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにて一躍有名になったキューバの歌手イブライム・フェレール初のソロ・アルバムです。

 ブエナ・ビスタはライとキューバの老ミュージシャンとで結成されたバンドです。ここに初めてキューバの翁たちの作品がショウビズの本場から流通経路にのって私の耳にも届いたわけです。しかし、彼らはそんなことになるずっと前からこんなに良質な音楽を演奏していたんだなあとしみじみといたします。

 ショウビズ界がよくないと言っているわけではありません。イブライム・フェレールは、この作品のブックレットに、ライ・クーダーを始めとするスタッフに謝辞を捧げ、「終生の夢の実現を助けてくれた。ありがとう」と、心のこもった記述を残しています。

 それもそのはず、イブライム翁は1927年生まれ、若い頃から歌声には定評があったものの、1996年にブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに参加するまでは、その日暮らしだったそうです。この時はほぼ70歳ですね。これは、ショウビズの力です。

 ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブは世界中で大ヒットを記録して、日本でも大いに話題になりました。その中でイブライム翁は「キューバの黄金の声」と称される深みのあるボーカルで人気を博し、こうしてソロ・アルバムが発表されました。本人にしてみれば夢のようであったでしょう。

 私もブームの時に購入しました。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに参加していたミュージシャンの全てがよかったというわけではありませんが、このイブライム翁のアルバムは大いに気に入りました。久しぶりに嫁さんにも気に入ってもらえました。

 ソンやボレロなどのキューバの大衆歌謡を見事に歌い上げます。これは何といいますか、コクですね。滋味あふれる演奏と歌声は、深い深いコクを感じます。年季が入らないとこういうサウンドにはならないでしょう。100年寝かせた醤油のようなまろやかで底知れぬ深さをもったサウンドです。

 若い者では逆立ちしても及びもつかない。イブライム翁の声も若者の声ではありませんが、年寄り臭くはなく、ハリもツヤもある。やっぱりコクとしかいいようがない。素晴らしいです。歌謡曲の世界に近いものがあるので、日本人には分かりやすい。その上で本当に素晴らしいと賛辞を贈るしかないです。

 残念ながら、イブライム翁は2005年に78歳で亡くなってしまいました。しかし、こうして彼の音楽は残りました。ライ・クーダーとショウビズ界に感謝ですね。

Buena Vista Social Club Presents Ibrahim Ferrer / Ibrahim Ferrer (1999 World Circuit)