$あれも聴きたいこれも聴きたい
 人はなぜ物まねが好きなんでしょうか。「似てる~」と言って喜ぶ。本物を見たり聞いたりすればいいのになぜか物まねが受ける。模倣は芸術の出発点でもあり、まねて学ぶことが学習の原点だったりしますから、ここには人類の発展の秘密が隠されていそうです。

 「誓いの明日」でトッド・ラングレンがやっているのは、過去の名曲の完全コピーです。それもヤードバーズ、ビーチ・ボーイズ、ビートルズ、ボブ・ディラン、ジミ・ヘンドリックスとロック史の教科書に燦然と輝く超大物たちの有名な曲ばかりを取り上げています。

 そうした曲を原曲にとても忠実にコピーしています。普通は他人の曲を取り上げる場合には「カバーする」としますが、ここは「コピー」です。アルバムの原題は「フェイスフル」、誠実に忠実にコピーしたことを表しています。決して明日に何かを誓っているわけではありません。

 こういう趣向はプロデューサー的なアーティストならば一度は考えるのだそうですが、実行に移す人はほとんどいません。それをヴィンテージ機材が充実しているスタジオを占拠してまであえてやったラングレンにミュージシャンの方々は拍手を贈るわけです。

 ベアズヴィルもこんな企画をよく通したものです。ただし、社長は宣伝してもしなくても買うやつは買うだろうとほとんど宣伝しなかったそうです。ところが、結果的には買うやつ以外の人たちも買ったおかげで久しぶりのヒットを記録したのでした。何があたるか分かりませんね。

 シングル・カットされたのは20世紀最高の曲ともいわれるビーチ・ボーイズの「グッド・ヴァイブレーション」です。アメリカのラジオ局ではどっちがオリジナルか当てるクイズまで企画されたほど似ています。日本でもオリジナルと並べてかかり、似てるねえ、と納得したものです。

 演奏しているのはラングレンのバンドであるユートピアの面々です。となるとユートピア名義でもよかったはずなのですが、そこは企画物だけに単独名義の方がよいと判断したのでしょう。確かに、マニアックな指向ですからね。責任は俺が一人でとる。

 ただし、マニアックなカバーはLPのA面だけです。さすがに全編をこれで通すのは遠慮した様子です。B面はラングレンのオリジナル曲ばかりで構成されています。こちらは以前のポップス路線に戻ったと評されて、結構な人気を博しています。

 ベスト・アルバムには必ず収録される「一般人の恋愛」やコンサートの定番曲「きまり文句」、渾身のポップス「愛することの動詞」など、直近のソロ作品に比べてポップさが全面を覆っています。ハード・ロック調の曲もありますが、ポップが勝っています。

 そういうわけでA面とB面がくっきりと分かれたレコードになりました。こんなことをせずにA面の原曲をB面に収めた方が良かったのではないかと日本盤ライナーで黒沢健一氏が書いていますが、A面もB面同様オリジナルで固めた方がよかったとの意見もあります。

 どちらの意見ももっともですけれども、両者を混在させずに片面ずつにわけたラングレンの気持ちを忖度して、ありのままをありがたく拝聴しましょう。ラングレンのアルバムを聴く時には、なぜか人は送り手の立場になった気になってしまいます。面白いアーティストです。

Faithful / Todd Rundgren (1976 Bearsville)

*2013年8月9日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Hapenings Te Years Time Ago 幻の10年
02. Good Vibrations
03. Rain
04. Most Likely You Go Your Way And I'll Go Mine 我が道を行く
05. If Six Was Nine
06. Strawberry Fields Forever
07. Black And White
08. Love Of The Common Man 一般人の恋愛
09. When I Pray 祈りの時
10. Cliché きまり文句
11. The Verb "To Love" 愛することの動詞
12. Boogies (Hamburger Hell)

Personnel:
Todd Rundgren
***
Roger Powell
John Siegler
John Wilcox