$あれも聴きたいこれも聴きたい アントニー・ジラールは私と同学年です。生まれ年は違いますが、私は早生まれなので恐らくそうでしょう。同じ年の生まれよりも、同学年の方に重きを置くのは、日本ならではですね。

 今日は困りました。アントニー・ジラールに関する情報がとても乏しい。公式サイトはあるのですが、フランス語のみです。私の小学生レベルのつたないフランス語では全く歯が立ちません。

 そこでナクソスの公式発表をご紹介しますと、アントニーは「現代フランスにおけるもっともユニークな作品を送り出す作曲家のひとりです」。「彼はフォーレ、ドビュッシーから連なる伝統を受け継ぎ、そこにミニマリズムと東洋の神秘的な要素を付け加え、独自の音楽を作り出します」。

 ついでに、CDのキャッチコピーをご紹介しますと、「神秘的な音楽を聞きたかったらぜひこのアルバムを聴いてみて」ということです。レコード会社の考えるキーワードは「神秘」のようです。

 このアルバムは「痴愚神礼賛」、「オルフェウスの結婚」、「寒い夜の恐怖」、「生命の輪」の4曲からなります。タイトルに凝る人といいますか、こうした具体的なイメージから曲を作っていく人なのだろうと思います。

 「痴愚神礼賛」は16世紀のオランダの人文学者エラスムスの風刺作品からタイトルをとっていますが、本人の解説によればそこはあまり関係ありません。こちらは激しい踊りで法悦に浸ることで神を崇めるアナトリアのイスラム修行僧に捧げられた歌です。ちなみにこういう僧のことをペルシャ語で「ダルビッシュ」といいます。びっくりしました。

 イスラム神秘主義者の詩も引用されています。「我らは恐れを知らぬ恋人たち。理性と思慮は友にあらず。愛の美酒に酔っ払う。でも頭は冴えている」とでも訳しましょう。理性から派生する全てを捨てて、直観に従う。そしてある程度は愚かさに従うということです。

 その主張が音楽にどう反映されているかというと、クラシックのイディオムに疎い私にはどこが愚行なのかよく分かりません。しかし、クラリネットとピアノのソナタですから、法悦のダンスを繰り広げるところまではいきませんが、ミニマルな音づくりが西洋だけにはとどまらない感覚をもたらしています。

 「オルフェウスの結婚」はギリシャ神話です。オルフェウスとエウリュディケーの結婚と「神秘」と「真実」という二人の子の誕生が主題です。しかし、物語を音楽が語るのではなく、その物語が音楽を聴く準備になっているという不思議な構造です。ザッパさんにカフカの「流刑地にて」を読んでから聞けという指示がある歌があったことを思い出しました。

 この曲はクラリネット、チェロとピアノのトリオです。続く「寒い夜の恐怖」はクラリネットのソロ、最後の24曲からなる「生命の輪」はピアノのソロです。アルバムは一貫して確かにフランスなんですが、どこかに異国を感じる詩のような感覚があります。非常に同時代的な雰囲気です。同級生ですからとてもよく分かります。

 ピアノを弾いているのはジュヌヴィエーブ・ジラールという女性です。乏しい情報では彼女がアントニーの奥さんなのか兄弟なのかよく分かりません。しかし、とてもよい理解者であることは間違いないところです。気持ちのいいピアノですよ、これは。

 今日はこの作品にはまってしまいました。現代音楽にはまだまだ知らない素晴らしい音楽があるものですね。
 
Le Cercle de la Vie, Eloge de la folie, Les NOces d'Orphee / Anthony Girard (2013 Naxos)

アルバムの音源ではありませんが、ジラールさんの曲です。どうぞ。