$あれも聴きたいこれも聴きたい
 学生時代、夏休みになると友人が雇われマスターをやっていた喫茶店で日がな一日過ごしていたものです。その店にははマスターの趣味でかけるウェスト・コーストのサウンドがよく似合っていました。中でも彼が大好きだった「ハード・キャンディー」は記憶に鮮明です。

 1970年代後半のことですから、まだレコードの時代です。この明るいんだか暗いんだかよく分からないジャケットの印象もとても強く、私の青春の一ページに刻み込まれています。サーフィンをしていた頃を懐かしく思い出すような気がします。したことないけど。

 本作品は米国西海岸のシンガー・ソングライター、ネッド・ドヒニーの傑作セカンド・アルバムです。ジャケットは同時期のボズ・スキャッグスの名作「シルク・ディグリーズ」と印象が似通っています。どちらもモシャ・ブラカという写真家が撮影しています。

 ネッド・ドヒニーは、カリフォルニアの大富豪の息子さんです。ちょっとたるんだ身体が大富豪の息子っぽくていいです。そんな富豪の息子が音楽活動を行う。世の中はヒッピー・ムーヴメントが去って、お洒落な音楽の時代になっていましたから、さほど違和感はありません。

 この頃の米国西海岸はそれこそ多くのミュージシャンを輩出しました。実際にはバラエティ豊かな音楽が生まれていますが、全体をウェスト・コースト・サウンドとまとめることがあります。ソウルやジャズの影響を受けたお洒落なフォークっぽいロックとでも言えるでしょうか。

 本作品にはイーグルスのドン・ヘンリーとグレン・フライ、歌姫リンダ・ロンシュタットやJDサウザーなどがゲストで参加しています。バンドにはデヴィッド・フォスターを始めとするウェスト・コースト・サウンドを支えた面々が参加しており、まさにウェスト・コースト全開です。

 しかし、プロデュースにはスティーヴ・クロッパーが起用されています。クロッパーはいうまでもなく、ディープな南部を代表するギタリストであり、プロデューサーです。そのため、素朴なデビュー作に比べると、かなりソウルフルなアルバムに仕上がっています。

 この路線は大成功で、本作品はドヒニーの代表作となりました。私にとっては当時の西海岸を代表する作品です。私と同年代でこの時期を日本で過ごした方々にとってもそうではないでしょうか。スーパースターでないだけにより純度が高い西海岸らしさです。

 切れのいいリズムに乗せて歌われる美しいメロディーの恋の歌の数々はまさに青春、西海岸の青春です。厚みのあるサウンドであってもアコースティック・ギターが必ず鳴っているところもポイントが高いです。ウェスト・コーストへの憧れを思い出させてくれます。

 ドヒニーは本作品で日本ではビッグ・ネームとなりました。米国本国では知名度はそれほどでもなく、その後長らく埋もれてしまいましたが、日本発のリバイバルの波に乗って本国でも再評価されたと言いますから面白いです。日本のファンは耳が確かです。

 代表曲となる「恋は幻」を始め、捨て曲なしの奇蹟の一枚であるといえます。1970年代のウェストコースト・サウンドは一つのピークを極めたと思いますが、その高みの一つに確実に位置づけられる名盤だと思います。マスターのけだるい佇まいがよみがえります。

Hard Candy / Ned Doheny (1976 CBS Columbia)

*2013年5月7日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Get It Up For Love 恋は幻
02. If You Should Fall 恋におちたら
03. Each Time You Pray 愛を求めて
04. When Love Hangs In The Balance 傷心の恋
05. A Love Of Your Own
06. I've Got Your Number
07. On The Swingshift
08. Sing To Me 歌っておくれ
09 Valentine (I Was Wrong About You)

Personnel:
Ned Doheny : vocal, guitar
***
Ernie Corello, Steve Cropper : guitar
Dennis Parker, Brian Garofalo, Colin Cameron, Laszio Wicky, John Heard : bass
David Foster, David Garland, Craig Doerge : keyboards
Jimmy Calire : piano
Gary Mallaber, John Guerin : drums
Victor Feldman, Steve Forman : percussion
Tower of Power horn section : horns
Tom Scott, Jim Horn, Don Menza : sax
Chuck Findley : tombone, flugelhorn, trumpet
Rosemary Butler, Fleming Williams, Brooks Hunnicutt, Gren Frey, Don Henry, Linda Ronstadt, J.D. Souther, Steve Croppper : chorus