$あれも聴きたいこれも聴きたい 都会に出てきた田舎少年にとって、「木綿のハンカチーフ」は特別な歌です。かくいう私がその一人です。都会に出て行った青年が華やかな都会の誘惑に負けて、田舎に残った純朴な彼女を捨ててしまう。そんな泣けるお話です。

 実際、そんな経験をした人がどれくらいいるのでしょうか。少なくとも私のまわりには一人もいません。もちろん私にもそんな経験はありません。考えてみれば、何だか都市伝説のような話です。それにしては、私たちの世代にとって、こういうことになる定めなのだと強固に刷り込まれてしまっています。

 実際には、単に遠距離恋愛は難しいというだけではないでしょうか。そこに生き馬の目を抜く都会と純朴可憐な田舎というステレオタイプな見方を持ち込んで、日本人の集合的無意識に働きかけたということでしょうね。今の若い人にはリアリティーがないのではないでしょうか。

 遠距離恋愛を描いた話としては、天才バカボンの一話の方が本質を射ていると思います。それは、外国に単身赴任した男が、日本に残った恋人にあてて毎日手紙を書いたところ、その女性が毎日手紙を配達に来た郵便配達と結婚したという話でした。

 いろいろと言い訳をしてきましたが、この歌を聴くと甘酸っぱい気持ちになるのは事実です。やすやすと阿久悠の魔の手にかかってしまい、悔しいです。

 太田裕美さんは、この歌で一躍ブレイクしましたが、その前から結構話題になっていました。彼女の場合は、アイドル歌手というよりも、フォーク・シンガーと一般にはとらえられていました。ピアノも弾きましたし、アイドルとしてのたたずまいではありませんでした。

 この曲は、彼女のそれまでのイメージに照らしてみれば、かなり雰囲気の違う歌謡曲的な歌ではありましたが、一般的な歌謡曲に比べればフォーク・ソングっぽい感じがしたものです。しかし、この歌は大ヒットし、時を経るにつれて時代を代表する歌となり、一般にはアイドル歌謡に分類されることが多くなってきた気がします。

 戸惑いも大きかったことと思います。実際、裕美さんは、特大のヒットとなって彼女の人生を大きく変えたこの歌に複雑な思いをお持ちだったようです。長い間、この歌を歌うことにためらいがあったそうなんです。

 太田裕美さんは昔から年齢不詳ですし、とても可愛らしい人ですが、お色気に不自由で、妖精のような人です。少し鼻にかかったところが魅力の癖のない綺麗な歌声には、男性というよりもむしろ女性のファンが多かったのではないかと思います。

 そう思うと、女性視点の歌詞なので、女性ファンにとってはより切実に思われたのかもしれません。実際に、この歌に特別の思いをお持ちの方は今でも数多くいらっしゃるようで、裕美さんは、その思いに触れてこの歌を解禁されたそうです。いい話ですね。

木綿のハンカチーフ / 太田裕美 (1975 ソニー)