$あれも聴きたいこれも聴きたい
 これまた素晴らしいジャケットに包まれています。これまでにこんなにもシンプルなジャケットがあったでしょうか。簡にして要を得るとはこういうことです。しかも、メンバーの一人、ディーター・メビウスによる手描きです。近寄ってみるとまた違う魅力があります。

 イーノとのコラボレーションを経たクラスターは新しいアルバム「グロッセス・ヴァッサー」でまた新境地を開きました。前作ともコラボ作とも少し趣が異なります。前作にあった牧歌的な雰囲気は薄らぎ、奇妙なポップ感覚が前面に出てきています。ジャケットの違いそのものです。

 大きな原因の一つはプロデューサーの違いです。これまではクラウトロックの伝説ともいえるコニー・プランクが係わることが多かったですが、本作品はクラウトロックの横綱格タンジェリン・ドリームのピーター・バウマンがプロデュースを担当しました。

 冒頭の曲「アヴァンティ」などはまるでバウマンのソロ・アルバムにある曲のような雰囲気です。ポップで奇妙なビートはまさにバウマンの十八番です。同じビートでもミヒャエル・ローターとはまるで雰囲気が異なります。ことほど左様にバウマンの影響は大きいです。

 ここはまたクラスターの二人の強みでもあります。コンラッド・シュニッツラー、ミヒャエル・ローター、ブライアン・イーノ、そしてピーター・バウマン。個性の強いアーティストを泰然と受け入れることで自分たちの音楽をさらに進化させていくクラスターの真骨頂です。

 もう一つの強みは二人のバランスです。「電子夢幻」の頃にはすでに明らかになっていた二人の個性を当てはめてみると、前作はハンス・ヨアキム・ローデリウス、本作品はメビウスが主導した作品であるように思います。もちろんデュオ作品ではあるのですが。

 この頃、二人はすでにソロとしての活動も始めています。特にローデリウスは本作品の前にソロ・アルバムを二枚も発表しています。彼のソロはクラスターの前作の路線を受け継いでいて、抒情的な雰囲気さえ漂う作品ですから、本作品とは少しだけ毛色が異なります。

 この作品には、奇妙にねじれているのに飄々とした風情があります。前半は単純で子どものようなユーモラスな曲が並んでいます。後半はLP片面をすべて使ったタイトル曲で、久しぶりにKのクラスターばりの呪術的な雰囲気を少しだけ感じます。

 本作品の録音場所はベルリンにあるパラゴン・スタジオです。シャイアの郷といわれたフォルストではなく、もともとクラスターが音楽活動を開始したベルリンに戻っての制作です。ある意味では原点に回帰したともいえますが、もちろんサウンドは先に進んでいます。

 あいかわらず音数は少なく抑えられており、一つ一つのサウンドを大事に重ねていく様子はいつもの通りです。音楽から意味性を排除していく姿勢はさらに強まっており、より抽象度が高いサウンドになっています。そこはまさにジャケットの通りです。

 クラスターの作品はどれもこれも傑作そろいです。本作品も後のテクノ・サウンドに大きな影響を与えた大傑作です。ジ・オーブのアレックス・パターソンがもっとも影響を受けた一枚に挙げていることからも分かる通りです。前作とともに私の宝物です。

Grosses Wasser / Cluster (1979 Sky)

*2013年4月30日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Avanti
02. Prothese 人の作りし物
03. Isodea 位相思念
04. Breitengrad 20 緯度20°
05. Manchmal 幾度も見た光景
06. Grosses Wasser 水の惑星

Personnel:
Hans-Joachim Roedelius
Dieter Moebius