$あれも聴きたいこれも聴きたい
 トールキンの不朽の名作「指輪物語」の主人公たるホビットたちの郷がシャイアでした。映画「ロード・オブ・ザ・リング」でも美しい映像で存分に描き出されていました。ヨーロッパ大陸の深い森の中には今でもああいう場所が存在するのだろうと思います。

 クラスターの二人が古い農家を改造したスタジオを構えていたフォルストの地は、まさにシャイアのような土地だったそうです。フォルスト近郊で撮ったジャケットをはシャイアそのものです。夕暮れの川べりに立つ二人はシルクハットに燕尾服姿でしょうか。魔法使いです。

 クラスターの二人、ハンス・ヨアキム・ローデリウスとディーター・メビウスは、ハルモニアとしての活動を終了させ、再びクラスターとして活動を開始しました。その第一弾が本作品で、タイトルは「ソヴィゾーゾー」、どのみち同じことという意味だそうです。

 とはいえ、本作品がフォルストのスタジオで制作されたのは、ハルモニア&イーノのセッションが行われたわずか2日後のことです。なんと自由な人々でしょう。しかも本作品はこれまたわずか2日で制作されています。よくも頭が混乱しないものです。

 しかし、そんなばたばたした背景があろうとはとても思えない作品です。静謐な空気に満ちたとても優美なサウンドなんです。Kのクラスターはもとより、Cのクラスターとしてもとりわけ最初の2枚の雰囲気とはまるで異なります。私に馴染みのクラスターはむしろこちらです。

 まるでシャイアならぬフォルストの空気がスタジオ内に一気に流れ込んできたかのような牧歌的な作品です。ハルモニアではカラフルなビーチパラソルをスタジオ内にたてて演奏していましたが、もはやしまい込まれたに違いありません。森林浴には似合いませんから。

 これまでは楽器の音であっても電気的に加工を施すことにこだわっていたクラスターですが、本作品ではギターやピアノを比較的そのまま使っています。メビウスお得意の奇妙な音も入っていますけれども、それも自然の中に溶け込んでいます。

 音の数は相変わらず少ない一方で、ミニマルなビートは主張することなく、シンプルなメロディーが際立っています。各楽曲のタイトルは意味ありげですけれども、相変わらず意味などないのだと思います。いくら牧歌的になっても抒情に流されることはありません。

 後に大量に発表されるローデリウスのソロ作品はこの作品の延長上にあります。その意味ではとりわけ彼にとっては重要な作品なのだと思います。ローデリウスが「クラスターにおいてももっとも重要な作品」と位置づけるのも極めて自然なことです。

 柔らかい音の可愛らしいフレーズがあちらこちらに顔を出していて聴き飽きることがありません。私がリアルタイムでクラスターに出会ったのは本作品からで、その時の何ともいえぬ気持ちが忘れられません。オプティミスティックなサウンドは私の宝物です。

 なお、本作品からクラスターは新興レーベル、スカイに移籍しました。また、本作品はフォルストで録音されましたが、ミックス作業はコニー・プランクのスタジオで行われたことを付言しなければなりません。プランクの登場は久しぶりのことです。傑作にはプランクありですかね。

Sowiesoso / Cluster (1976 Sky)

*2013年4月23日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Sowiesoso どのみち同じこと
02. Halwa
03. Dem Wanderer 巡礼者に捧ぐ
04. Umleitung まわり道
05. Zum Wohl 安寧
06. Es War Einmal ワンス・アポン・ア・タイム
07. In Ewigkeit 永遠に

Personnel:
Dieter Moebius : keyboards, percussion, vocal
Hans-Joachim Roedelius : keyboards, percussion, vocal