$あれも聴きたいこれも聴きたい 普段ブルースをさほど聴かない私もこのアルバムはなぜか発表当初より愛聴しています。一度、手放していたのですが、最近、再発されたというニュースを聴いて、買い直してしまいました。

 私だけの個人的な想いとして密かに得意気になっていたのですが、このアルバムはロバート・クレイの作品の中でも異例に売れて、米国でダブル・ミリオンと言いますから、200万枚以上を売っています。普通、ブルースのアルバムはそんなに売れませんので、おそらくはこの半分、100万人くらいが私と同じ感想をお持ちなのではないでしょうか。

 それほどジャンルを超えた名盤なわけです。アルバムは何のギミックもありません。中心となるのはクレイのギターとボーカル、加えてベース、キーボード、ドラムスの4人組。とてもシンプルです。この編成に、「史上最高のホーン・セクション」と言われたメンフィス・ホーンズが色を添えます。

 アレンジを凝るとかそういうことは一切なく、真っ向からの直球勝負です。タイトなリズム・セクションに乗せられて、ブルース・ギターとボーカルが空中を漂うかのようにふわふわと踊ります。何があっても聴き入ってしまう気持ちのよさです。

 ブルースは結構、参入障壁が高いです。高校時代にブルース野郎がいまして、普段はいい奴らなんですが、こと音楽に関しては頑なでした。ブルースは大人な音楽でしたからねえ。名人芸の世界に魅入られたという点では頑固な古典落語ファンのようでした。それを遠巻きに見ていますと、なかなか手が出ないのも道理。

 加えて、とてもエモーショナルな音楽ですから、シンクロできずに、少し掛違うともういけません。溝は広がったまま、気が付けば遠くなってしまったということになります。

 ロバート・クレイの音楽は、ブルースの世界に軸足があることは明らかです。しかし、ディープなブルースというよりも、もっと親しみやすい世界です。それもそのはず、彼は子どもの頃、ビートルズの影響でギターを始めたそうです。その後、ジミヘンにも大いに影響を受けたということで、バックボーンにはロックがあるんですね。

 そこがクロスオーバーに受け入れられる素地があるんでしょう。このアルバムはビルボードの普通のチャートにも上位に入っていますし、シングル・カットされた「スモーキング・ガン」も大ヒットしています。BBキングが大好きなオランダやニュージーランドでは1位を獲得しています。さらに評論家受けもよくて、グラミー賞最優秀コンテンポラリー・ブルース・アルバム賞まで獲りました。

 楽曲はどれも粒ぞろいです。彼の代名詞ともなったアルバム・タイトルが歌詞に出てくる「ライト・ネクスト・ドア」なんて素敵ですし、ちょっとハスキーでエモーショナルなクレイのボーカルが冴えわたる「アイ・ワンダー」もいいです。全10曲、40分足らずと収録時間は短いので、余計に濃縮された感じがします。

 ブルースの神の足下に触れる素晴らしいアルバムです。

 ロバート・クレイは今年のクロスロード・フェスにも参加するなど、今でも現役ばりばりです。

Strong Persuader / Robert Cray (1986)