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 幻のアルバムというものがあるとすると、本作品などはその最右翼に挙げられます。存在するという噂は聞いていましたけれども、突然紙ジャケで再発されるまで、聴いたことはおろか、見たことすらありませんでした。今では配信までされていますから時代は変りました。

 本作品はKのクラスターによるデビュー・アルバムです。クラスターにはKのクラスターとCのクラスターがあり、本作品はKの方です。コンラッド・シュニッツラーが入っている方がK、ハンス・ヨアキム・ローデリウスとディーター・メビウスの二人だけの方がCです。

 紙ジャケは何とオリジナルのプラスチック・ジャケットでの復刻です。幻のアルバムの幻のジャケットです。ここは費用もかかったでしょうに、キャプテン・トリップさんに拍手を送りたいと思います。ライナーも非常階段のT美川氏による楽しそうな書き下ろしですから凄い。

 Kのクラスターはデュッセルドルフ出身のシュニッツラーと、東ベルリンから来たローデリウスの二人がまだ壁に囲まれていた西ベルリンのゾディアックなるクラブの運営に携わるようになったことからその歴史が始まります。まだ戦後四半世紀弱の1968年のことです。

 ゾディアック・クラブではジャズやポップスから即興演奏、電子音楽まで、ジャンルを超えて激しく交じり合ったサウンドによるパフォーマンスが繰り広げられていました。それを頻繁に見に来ていた太客の一人がまだ二十代前半だったメビウスです。

 二人はメビウスに注目し、彼がコックとして働いていたステーキハウスに乗り込んで音楽の道に引き込みました。ここにKのクラスターが誕生します。彼らはゾディアックで演奏するのみならず、ヨーロッパ中を即興演奏してまわりました。楽しそうです。

  この作品は1969年12月21日に録音されました。ある教会が信者に聴かせるために「新しい音楽を求む」と新聞広告を出していたのを、シュニッツラーが目に留めたことがきっかけでした。そのオーディションに見事合格、教会をスポンサーに制作されたのがこの作品です。

 切れ目のない即興演奏だと思われますが、もともとLPですからA面とB面に分かれています。A面は全面的に女声による語りが入っています。対訳を読むと結構ひりひりする宗教的なメッセージに満ちており、教会の要請であることが分かります。

 オリジナル・ブックレットの邦訳によれば、彼らはピアノやギター、チェロ、打楽器、電子オルガンなどの通常の楽器を使用していますが、それらをマイクで録音したものを、「変容し、操作し、歪曲し、細分し、スピーカーを通して再現して」います。「クラスターは音響の混沌」です。

 メロディーもリズムも明瞭ではありません。ノイズではありませんが、聴きなれない音を多用した即興と思われる演奏が繰り広げられていきます。暗くて重いけれども、原始の息吹を感じる素晴らしい音楽です。安易な妥協を排したストイックな音です。

 後のクラウト・ロックの最重要人物となる三人の原点となる作品です。同時期にシュニッツラーが参加したタンジェリン・ドリームのファースト・アルバムが制作されています。どちらも、シンセサイザー前の手作り電子音時代の作品であることが共通点です。

Klopfzeichen / Kluster (1970 Schwann)

*2013年4月4日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Kluster 1
02. Kluster 2
(bonus)
03. Black Spring 1971 (Kluster-Eruption)

Personnel:
Conrad Schnitzler
Hans Joachim Roedelius
Dieter Moebius
Christa Runge
***
(bonus)
Conrad Schnitzler
Wolfgang Seidel
Klaus Freudigmann