$あれも聴きたいこれも聴きたい このアルバムが発表された頃、「イーノ・イズ・ゴッド」という落書きがニューヨークの大学の便所に書かれていたという話が伝わってきました。苗字が三文字ですからね。収まりがいいわけです。

 当時のイーノはパンクやニュー・ウェーブに分類される若いバンドの数々をプロデュースしたり、そうかと思うとスーパー・スター、デヴィッド・ボウイのいわゆるベルリン三部作に係わったりしていました。縦横無尽の活躍ぶりです。もはやだれも元ロキシー・ミュージックとは言わなくなっていました。

 そんなイーノ先生のポップなアルバムとしては最後のアルバムがこのアルバムです。全10曲のうち、インストゥルメンタルは2曲のみ、残りはイーノ自身のボーカルが乗っかっています。これ以降は長い間ほぼアンビエント作品ばかりとなり、イーノの妙にのっぺりしたボーカルはなかなか聴けなくなってしまいました。

 この作品は、これまでのアルバムと違って、2年間をかけてじっくり制作されました。そのため、参加ミュージシャンは曲ごとに異なります。このメンバーが凄いんです。イーノのバック・バンドを務めていたブライアン・ターリントンを除けば、すべてのミュージシャンがその筋では有名な人ばかりです。

 並べてみますと、ブランドXのパーシー・ジョーンズ、ジェネシスのフィル・コリンズ、キング・クリムゾンのロバート・フリップ、ヘンリー・カウのフレッド・フリス、フェアポート・コンヴェンションのデイヴ・マタックス、ホークウィンドのポール・ルドルフ、クラスターの二人、カンのヤキ・リーベツァイト、ロキシーのフィル・マンザネラ、クワイエット・サンのビル・マコーミック、フリーのアンディー・フレイザー。

 あと一人、当時の教育大臣だったシャーリー・ウィリアムズの名前が見えます。ライナー・ノーツにはご本人のようなことが書いてありましたが、どうやらこれはロバート・ワイアットの変名のようです。

 どうです。凄いですね。ミュージシャンの間でイーノのいかに評価が高かったか分かります。音楽へのアプローチの仕方がミュージシャンとは違うんでしょうね。その繰り出すサウンドの魔術はこれまでの音楽とはカテゴリーが異なるものだと思います。

 私はこのアルバムをそれこそ擦り切れるくらい聴いています。それでも今でもすべてが輝きを失っていません。私にとっては最高傑作だと思います。

 アルバムのA面は比較的リズムを強調したテンポの速い曲が並びます。「カーツ・リジョインダー」では、20世紀初頭のダダイズムの芸術家クルト・シュヴィッターズの声を使っています。ポスト・パンクの音楽はダダに範を求めたものもありましたし、イーノの音楽とも相通じるものがあったのでしょう。

 A面最後の曲「キング・レッド・ハット」は、イーノとは切っても切れない関係になるトーキング・ヘッズのアナグラムになっています。フィル・マンザネラらしいギターのカッティングに乗ってパンクな曲調が展開されます。

 B面は一転して静かな曲が中心になります。イーノは前作が空のアルバムなのに対して、こちらを海の作品としています。B面の一連の曲を聴いていると、大海原を前にした内省的な気分が甦ってきます。この最後の曲「スパイダー・アンド・アイ」は今野雄二さんの説ではデヴィッド・ボウイのことを歌っているということになります。あながち外れてはいないでしょう。

 ポップな曲もアンビエントな曲も、伝統的な音楽の構造と異なっていて、今でも新鮮に響きます。当時、ファッション写真を撮るときにBGMとしてよく使われていたと聞いてなるほどなと思った記憶があります。アンビエント作品ではなくて、このアルバムです。空間が浄化されて、前向きな気分になるんですよね。

 本当に素晴らしい作品だと思います。 

Before And After Science / Brian Eno (1977)