$あれも聴きたいこれも聴きたい CDと言えば音楽ばかりとは限りません。落語もありますしドラマもあります。DVDが一般化したので、そちらにお株を奪われるかと思いましたが、なかなかどうしてCDも味わいがあるので、根強い人気があります。

 私はとりたてて落語ファンという訳ではありませんが、昔から枝雀師匠だけは大好きです。海外に赴任する時に一緒にCDで全集を買って持っていきました。そちらは一旦処分してしまいましたが、大好きな「質屋蔵」が入っているこの作品だけは処分して間もなく買い直しました。売らなきゃよかった。

 上方文化圏に生まれ育ったものですから、テレビではよく漫才や落語をみていました。しかし、落語を生で見たのは一度だけです。それが桂米朝一門の会で、米朝師匠が大トリなのは当然として、ラス前は枝雀師匠でした。その他にざこば師匠や南光師匠などまさに一門。

 まだ中学生の私に、枝雀師匠の芸はしごく強烈な印象を残しました。とにかくあんな面白い話芸はありません。演目は「壺算」で、大爆笑だったんですが、まくらも素晴らしかった。「隣に囲いができたってな。へい」といったスタンダードな駄洒落をあんなに大爆笑に変える力量は凄いと思いました。

 東京の落語を至上とする方々には上方落語を好まない方が多いように思います。ましてや上方においてさえ邪道と言う人がいる枝雀師匠ですから、落語好きの方にはあまり評判がよろしくないようです。しかし、CD全集やDVD全集が何度も発売されているわけですし、一般には爆笑王として、いまだに根強い人気を誇っているのだと思います。

 このCDには「つる」と「質屋蔵」の二作が収められています。「つる」は、物知りの甚平さんが口から出まかせを言っていることをアホも知っているというパターンです。他愛もない話ですが、さすがに枝雀師匠にかかると面白くなります。

 しかし、何といっても「質屋蔵」です。あらすじを書いてもしょうがありせんから止めておきます。とにかく完璧なお話です。私のツボにはまって抜けなくなり、ほとんど暗記せんばかりに聴きました。今聴いてもほとんど覚えていましたね。しかも面白さは変わらない。

 そこまで聴きこむと自分の中のしゃべくりのリズムになっていることが分かります。もちろん、こんなに面白く話せるわけではありません。しかし、体のリズムとして深く刻まれていて、何かの拍子にこのリズムに合った話し方が出来た時には、しごく気持ち良く感じられるわけです。

 枝雀師匠は山下洋輔さんと対談した際、ジャズと落語の共通点はどちらも世の中の役に立たないところだということで意気投合していました。人類が地球から逃げることになったとして、脱出ロケットに乗る順番は世の中に役に立つ順ですから、恐らく最後は落語家とジャズマンだと。しかし、最後の一人になっても落語をやったり、ジャズをやっているだろうというお話でした。

 私はこのお話にいたく感銘を受けたのでした。理想的な生き方ですよね。

 しかし、ご存じのとおり、枝雀師匠は自ら命を絶たれてしまわれました。そこはいまだにどう消化していいのか分からないままです。 

 一応、音楽ブログなので、一言。このCDの冒頭には「鳴物」として「シャギリ」というお囃子が入っています。3分強の短さで、わさわさしているうちに終わってしまうので、もう少し聴いていたいと思いました。

桂枝雀独演会第五集 / 桂枝雀 (1984)

バージョンは違うんですが、どうぞ。