$あれも聴きたいこれも聴きたい 70歳を超えた爺さんが若い頃のヒット曲を歌いまくったアルバムです。そう聞けば普通ならばげんなりするところですが、これがとてつもなくカッコいいんです。懐古趣味とかそういうのではなくて、きちんと現代に生きている。アメリカのショウビズ界の懐の深さは凄まじいばかりです。

 日本の場合、高齢者の多くは現役ではなくなってしまうような気がします。高齢化社会にあってそれではいけないと思いますので、アーロン・ネヴィルのようなアーティストが普通に活躍する世の中になることを期待しましょう。

 アーロン・ネヴィルは41年生まれですから、今年で72歳になります。ネヴィル・ブラザーズで活躍し、グラミー賞も受賞した名歌手です。私はネヴィル・ブラザーズは密かに聴いていたのですけれども、その音楽があまりにタイムレスだったので、アーロンが72歳と聴いて驚きました。

 このアルバムはアーロンがジャズの名門ブルーノートに移籍して初めて放つ作品で、50年代から60年代にヒットしたドゥーワップ曲を中心にしたカバー・アルバムとなっています。私はこの方面には疎いのであまり馴染みがありません。良く知っているのは「ビー・マイ・ベイビー」くらいでした。

 ところで、今やブルーノートの社長はワズ・ノット・ワズのドン・ウォズなんですね。時代は変わるものです。そのドン・ウォズは新機軸を打ち出すよりも、従来以上にブルーノートを深堀しているように思います。姿勢として素晴らしいですね。

 そのドンはアーロンについて、「アーロン以上にオリジナルなシンガーはいない。彼はユニークなだけじゃなく、ソウルフルでスウィートでもある。しかもすばらしい人なんだ」と語っています。全面的に同意しますねえ。それに、この歌声を聴けば、素晴らしい人であることは容易に想像がつきます。

 そのドンとともに本作品をプロデュースしているのはストーンズのキース・リチャーズです。彼は全曲でギターも弾いています。ここでのキースは完全にアーロンの引き立て役に徹しています。アーロンへの敬意が十二分に感じられる演奏なんですよね。

 全部で12曲。何か変わったことをしようという意図は全くなく、オーソドックスな演奏に乗せて、アーロンが気持ち良く歌います。それだけと言えばそれだけなんですが、それが本当に素晴らしい。スイートな優しい歌声なんですが、弾力があって力強い。歌がうまいとかそういうことを考えさせる暇もなく、歌声は演奏と不可分一体となって部屋の空気を軽くしていきます。

 選曲もいいです。どれも古い曲ですが、みんなで一緒にあの頃のことを思い出して懐かしがろうという馴れ合いの気分は一切ありません。今、目の前にいるあなたに曲ではなく、歌を聴かせる。ここには現在があるだけです。そこが素晴らしい。

 いつまでも聴いていたいですね。こういう風に歳をとりたいなと思わせてくれます。

My True Story / Aaron Neville (2013)

引用はCDジャーナル13年4月号より。