$あれも聴きたいこれも聴きたい オリジナルLPの内袋はレーベルのところに穴が開いているタイプのものだったようで、それを緑色の裏ジャケットに乗せると、穴から「アナザー・グリーン・ワールド」が見えるという説があります。いろんなことを言う人がいるものです。

 ブライアン・イーノの三枚目のアルバムはこれまでの2作と違って、静謐なアルバムとなりました。前作から今作までの間にイーノ先生自身が事故に遭って入院して、そこで環境音楽の着想を得たということになっています。大きな変化はそこに由来するものだと当時は解釈されていました。

 前作までは基本的に歌ものでしたが、この作品はインストゥルメンタルが中心です。歌を音楽の中心から取り除くことに意を注いだということで、このアルバムでは14曲のうちボーカル曲と言えるのは5曲のみ。本人の弁では、これは「ボーカルが少し入ったインストゥルメンタル・レコード」なんです。

 しかも、演奏もイーノ一人だけの曲が7曲と半分を占めています。そしてデュオ形式が2曲。大勢で演奏している曲が5曲となります。前作がほぼ同じメンバーによるバンドっぽい作品だったのに比べると、こちらはまさにソロ・アルバムですね。

 ただし、ゲストは豪華です。ジェネシスのフィル・コリンズ、キング・クリムゾンのロバート・フリップ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケール、イアン・デューリーとやっていたロッド・メルヴィン、ブランドXのパーシー・ジョーンズと綺羅星のごとく有名どころが並んでいます。イーノのアプローチが注目を集めていたことが分かります。

 この作品でのイーノの歌声はとても落ち着いています。前二作の奇矯な声処理とは大きく違います。サウンド自体も音の一つ一つを丁寧に聴かせるようになっています。特にパーシー・ジョーンズのベース・サウンドは美しい限りです。
 
 普通の意味でのロックやポップスのように曲ごとに起承転結をつけていくというよりも、音の断片をあるものは放置し、あるものは組み立てていくようなそんな曲が並んでいます。初めて聴いた時には驚きました。

 イーノは、「いつもサウンドがどんなメロディーであるべきかを示唆するんだ」と語っています。常にサウンドが先で、メロディーは後なんだそうです。具体的に言えば、たとえば単純なリズム・ボックスの音に様々な処理をすることで複雑で豊かな音が出てきます。そうすると、その音が曲を連れてくるのだということです。

 本作の「イン・ダーク・トゥリーズ」では、サウンドから「暗くて青黒い森、木々からは苔が垂れ下がっていて、遠くで馬の鳴き声がする」というようなイメージが湧いてきて曲ができたそうです。

 このサウンド志向による曲の作り方というのは、現代のテクノ系のアーティストと同じなんではないでしょうか。アンビエント・テクノなどを聴いていると、イーノのこの方法論が当たり前のように使われているのではないかなと感じます。ただ、斜め戦略カードはさすがに使われていないでしょうが。

 さらに、イーノはこの時期、聴き手とエモーショナルにつながる音楽を模索していたといいます。それも、アーティストへの思い入れや言葉に頼る安易な道ではない道で。このあたりも本作品に表現されているのでしょうね。ひとまず大成功ということでしょう。

 今聴くとある意味で主流に位置する音楽です。メインストリームを作り出した凄い作品ですが、音自体はひっそりといつまでも聴いていたい素敵にはかなく美しいものです。

Another Green World / Brian Eno (1975)