$あれも聴きたいこれも聴きたい-Eno _ Warm Jets 何もふざけているわけではありません。これは実際に使われていた邦題です。現在のイーノ先生の姿を知っているわれわれには想像もつかない題名ですね。ちなみに、その昔、ミュージック・ライフ誌は彼のことを「エノ」と呼んでいました。間抜けな響きです。

 イギリスでは、ロキシー時代の彼を「超現実主義ロックのスーパースター」、「美少女のようなエレクトロニクスの導師」、「宇宙時代のロックのアイドル」などと賛美していたんですよ。日本のレコード会社がそっち系統で売り出そうとしたとして、誰を責めることができましょう。

 このアルバムは、そんなブライアン・イーノのソロ・デビュー作品です。彼は、ロキシーを脱退すると、ほどなく同じプロダクションにいたキング・クリムゾンのロバート・フリップとコラボレーションを始めました。このソロ・アルバムはその活動とほぼ時を同じくして制作されたもので、実に「妖艶な世界」が展開されています。

 ブライアン・イーノは、ロキシーを脱退するにあたって悩みに悩み、煩悶を抱えながら正式脱退を告げた帰り道、悶々と歩きながら胸の奥底から湧き上がってくる感情の正体に気づきました。何とそれは圧倒的な解放感だったそうで、驚いた彼はそのままスキップして帰ったということです。

 これは随分昔に読んだ彼の自伝の中で強烈に印象に残っている話です。私などは転職したことがないので、きっと会社を辞める時はそんな感じなんだろうなと、常々この話に誘惑されています。

 私のことはさておき、このアルバムにはその解放感が溢れているように思います。何でも正式脱退の日に2曲作ったそうですからね。イーノ先生はアルバム制作直前に数々のバンドのプロデュースを始めていまして、これも当然セルフ・プロデュースです。今回は本当にやりたいようにやったんでしょうね。用意周到です。

 アルバムはわずか12日間でレコーディングが終了しました。歌詞もメロディーに合わせてナンセンスな言葉をつけたものを元にしていて、とてもインスタントなものだったようです。深読みしようとすると深読みできてしまいますが、本人にはその意図はないようですね。タイトルも射精と読まれていましたが、おしっこのようですし。

 集められたミュージシャンは、ご存じキング・クリムゾンのロバート・フリップとジョン・ウェットン、ブライアン・フェリーを除くロキシーの面々、サイケ・ロックのホークウィンドやマッチング・モールのメンバーなどです。音楽的な嗜好がバラバラな人をあえて集めたと言われていますが、まあ似てますよね。

 サウンドは、一言で言えば、とても奇妙なポップです。ゲストとの共作も含みますが、基本は自分で作った曲を、身振り手振りで演奏者に指示をし、出てきた音を徹底的に加工して曲に仕上げていったということです。そうは言ってもフリップ御大のギター・ソロも堪能できますので安心ですけどね。

 奇妙な音もいっぱい入っています。彼の歌声は、今野雄二さんによれば、電子喉頭という首輪に似た装置を使って、喉とシンセを直結させることで変化をつけているそうです。確かにいろんな声ですね。効果音や楽器のトリートメントは本当に万華鏡のようです。ロキシーの初期の2枚におけるイーノの存在の大きさが改めて伺えます。

 ただし、グルーヴ感は本当にありません。それに立川芳雄さんのライナーで初めて気づきましたが、代表曲「ベイビーズ・オン・ファイア」では、マイナー調の演奏をバックにイーノ先生がメジャーで元気に歌います。そこらあたりが好き嫌いを分けるところかもしれません。

 また、楽曲は1曲1曲入魂の出来で、流れは綺麗なのですが、統一感はまるでありません。そこがまたいいんですけどね。私は、後のイーノの楽曲にもつながる「オン・サム・ファーラウェイ・ビーチ」が大好きで一押しです。

 ある意味神格化されたブライアン・イーノのやんちゃな時代を堪能できる名盤だと思います。本当に楽しいですよ。

Here Come The Warm Jets / Brian Eno (1974)

好きなので。


もちろん、代表曲はこちらです。