$あれも聴きたいこれも聴きたい-Leer & Rental
 ライナーノーツには、本作品が発表された頃は、音楽業界がパンクによって自信を失って、疑いの時代に入っていたのだと記されています。命名するところは「グレイ・エリア」です。本作品を再発したミュート・レコードの再発専門のサブ・レーベルの名前でもあります。

 グレイ・エリアの時代にはあらゆる実験的な音と奇妙なアイデアが発表される機会をえました。1970年代の終りから1980年代初頭に至る数年間です。しかし、そんな時代は長くは続かず、やがて電子ビートをきかせた新たなポップスに吸収されていきます。

 そんな時代のあだ花のように咲いたのが、トーマス・リアとロバート・レンタルによる「ザ・ブリッジ」です。わざわざ「冷蔵庫などの家庭電化製品の音も使用しています」なんて書いてあるところにグレイ・エリアを感じます。オープン・リールの似合う時代でした。

 本作品は英国ニュー・ウェイヴの再重要バンドであるスロッビング・グリッスルの始めたインダストリアル・レコードから発表されました。グレイ・エリアに流行っていた言葉をそのまま使ったレーベル名です。べたな名前ですが、今や音楽の一ジャンルとして定着しています。

 ここで聴かれるサウンドが、今でいうところのインダストリアルかと言われればやや首をかしげる向きもあるのではないかと思いますが、この当時は名前の通り、こうしたサウンドがインダストリアルでした。ジャケットのモノクロームな感覚がサウンドを表象しています。

 本作品はレコードではA面がボーカル・サイド、B面がインストゥルメンタル・サイドです。CDだと当然つながっていますので、そこがちょっと悲しいです。レコードでは、両サイドそれぞれ完結しているので、通して聴いたことがほとんどないんです。それも悲しいことですが。

 しばしば、この作品は「テクノ・ポップの裏名盤」とされることがあります。確かにボーカル・サイドのポップなサウンドはテクノ・ポップと呼ばれてもおかしくありません。何よりも、トーマス・リアは後にテクノ・ポップなサウンドでちょっとしたスターになるのです。

 特に私は「モノクローム・デイズ」のイントロのギターのカッティングがとても好きです。この曲はスパークスを想起させると評する人もいましたけれども、確かに1970年代初頭のひねくれ英国ポップスののりがあります。英国のミュージシャンに染みついた感覚です。

 しかし、B面はドイツのプログレッシブ・ロック、それもタンジェリン・ドリームの系統にあるようなあまりリズムやメロディーがはっきりしない、全体にドローンで覆われた比較的静かなインストゥルメンタルばかりです。ドローンにかぶさるように冷蔵庫がうなります。

 意外にも歌をやろうと言いだしたのは、すぐに音楽界から足を洗ったレンタルの方らしいです。リアは、当時、「歌は死んで、インストゥルメンタルの時代だと思っていた」と語っていて、ジャーマン・プログレに触発された純粋なアンビエント・アルバムを作りたかったそうです。

 歌は決して死んでいないと思いますし、私はボーカル曲も大好きなのですが、このアルバムに関するかぎり、純粋なアンビエント作品になっていた方が、後世の評価は高かったのではないかと思います。テクノ・ポップよりアンビエントの方が時代を越えていますから。

The Bridge / Thomas Leer & Robert Rental (1979 Industrial)

*2013年3月11日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Attack Decay
02. Monochrome Day's
03. Day Breaks, Night Hels
04. Connotations
05. Fade Away
06. Interferon
07. Six A.M.
08. The Hard Way In & The Easy Way Out
09. Perpetual

Personnel:
Thomas Leer : vocal, guitar, synthesizer, synth percussion, tapes
Robert Rental : vocal, guitar, white noise guitar, bass, synthesizer, loops