$あれも聴きたいこれも聴きたい-Tom Johnson _ An Hour For Piano ラブリー・ミュージック。何という素敵なレーベル名称でしょう。ラブリー・ミュージックは1978年にアメリカで設立されたレーベルです。

 レーベルを作ったのはミミ・ジョンソンという女性です。彼女が72年に設立したパフォーミング・アートサービスという非営利団体から派生しました。この団体はアメリカの現代音楽や演劇、ダンスなどを支援するためのものでした。ですからレコード会社設立も自然な流れですね。

 私はこのレーベルのことをロック・マガジン誌で知りました。できて間もない頃ですね。当時はレコードがほとんど手に入らなくて、私にとっては幻のレーベルでした。ところが、最近、ネットでこのレーベルが今も存続していることを知りまして、当時入手できなかった作品を直接まとめて買ってみました。この作品はその一枚です。

 トム・ジョンソンは39年にコロラドで生まれ、エール大学で音楽を学んだ後、アメリカ現代音楽の巨匠モートン・フェルドマンに師事しました。彼の作品ではオペラが有名だそうですが、基本的にはミニマル音楽一派に分類されるようです。

 この作品は71年に書かれた作品で、きっちり1時間ピアノが演奏されます。一応計算されているのですが、実際のパフォーマンスはなかなかそうもいきません。これは74年にアメリカのピアニスト、フレデリック・ルゼウスキーがニューヨークのタウンホールで演奏した作品ですが、54分強の演奏時間です。当時はLPしかありませんから、一枚に収めるにはちょうど良い長さだということで、めでたくレコード発売とあいなったわけです。

 この作品の面白いところは、演奏中に読むためのプログラム・ノートがついているところです。トム本人が書いています。これを読みながら聴くんですね。

 そのノートには何が書いてあるかというと、プログラム・ノートは、音楽への集中を強めるために書いてあるので、もしも音楽への集中が途切れるようなら一旦読むのをやめて、少し時間がたってから読むといいとか、読む速さによって音楽の印象が変わるだろうが、集中が途切れるようなら一旦読むのを止めるべきとか、そんなことが繰り返し繰り返し書いてあるんです。

 これが、CDブックレットに小さい字で10ページにわたって延々と続きます。作曲の意図や内容についてはまったく触れられておらず、聴き方というか読み方ばかりが書いてあります。面白いですね。

 私は最初、ノートの存在を知らずに聴いていたので、ノートありとなしの両方を経験しましたが、ノートを読みながら聴くと実際にかなり聴き方が変わります。否が応でも集中度が増すんですよね。面白いものです。音楽と聴き手の関係性に思いをはせることになります。

 ニューヨークの詩人ケネス・ゴールドスミスは、この作品を「実際、この作品は音楽ではなくて、リスナーとして音楽との関係を問うことになる哲学的なエクササイズだ」と書いています。まさにおっしゃる通りかと思います。

 曲は1時間で演奏されることが決まってますから、それほど早くはない着実なテンポで延々とピアノが演奏されていきます。いくつかのパターンを繰り返していますが、不思議に飽きない。

 ゴールドスミスは、これを家具の音楽としたうえで、十分に快適だけれども、さほど凄い音楽ではないと言っています。

 確かに、ロマンにあふれているわけでもなく、うねりが来るわけでもなく、スピリチュアルということでもなく、大傑作というわけではなさそうです。ただ、飽きない。ひたすら気持ちがいいですし、ノーツを読みながら聴くとまた違う。何だか不思議な作品です。

An Hour For Piano / Tom Johnson (1979)