$あれも聴きたいこれも聴きたい-Martha Argerich
 ピアノという楽器は弾きせるようになるまでにかなりの修練が必要ですから、素人からすれば譜面通りに弾けるというだけで十分に「凄い!」ことです。そのため、世界的なピアニストと巷の自称ピアニストの差がどれほど大きいのか判然としないことにもなります。

 私の知人にも自称ピアニストがいます。音大生などからは散々馬鹿にされていましたが、ピアノに縁のない人の中には結構褒める人もいて、本人の自信が折れることはありませんでした。ある意味羨ましい人でした。まあ譜面通りに弾きこなせたわけでもないのですが。

 私も素人の端くれとして、ピアノがうまいということがどういうことなのか、分かっているようで全く分かっていなかったなと、このアルバムを聴いてしみじみと反省しました。この作品でのアルゲリッチは凄いです。ようやくピアノの魅力が分かりかけてきた気がしました。

 これは、アルゼンチンの天才少女マルタ・アルゲリッチのデビュー・アルバムです。1960年と言いますから、彼女が19歳の時の録音です。母国のペロン大統領から才能を見込まれてヨーロッパに渡った彼女の評判はさぞや素晴らしかったことでしょう。

 ジャケットを見てあれっと思った人も多いことでしょう。こちらがオリジナル・ジャケットです。1967年にはすでに現在おなじみのジャケットに差し替えられていますので、こちらのいかにも初々しいアルゲリッチをとらえたジャケットの方が馴染みが薄いと思われます。

 差し替え後のジャケットは恍惚としてピアノを弾くアルゲリッチをモノクロでとらえた芸術色の濃い写真が使われています。レコード会社の人もこの作品が今でも人口に膾炙する名盤になるとは思っていなかったのでしょうね。後悔したことでしょう。

 収録曲は、ショパンの「スケルツォ第3番嬰ハ短調」、ブラームスの「2つのラプソディ79番」、プロコフィエフの「トッカータ11番」、ラヴェルの「水の戯れ」、再びショパンの「舟歌嬰ヘ長調60番」、最後はリストの「ハンガリー狂詩曲第6番変ニ長調」と並んでいます。

 私は、ロックの人ですから、やはりプロコフィエフのリズム・トラックから、ラヴェルのもやもやキラキラした印象派楽曲への流れが一番好きです。この並びを含めて、曲順がよく考えられています。ちょうどよい起伏のある流れが素晴らしいです。

 アルゲリッチのピアノを聴いていますと、音の一つ一つがぴちぴちと跳ねているようです。豪放磊落かと思えば繊細ですし、ピアノに「表情が豊か」というフレーズを自然に使えると思ったことは初めてかもしれません。

 そんなアルゲリッチですが、録音セッションには、同僚のブラジル人ピアニスト、ネルソン・フレイレに付いてきてもらって、「彼らが欲しいけれども私が弾けないことがあったら、代わりに弾いて」と言っていたそうで、隣の部屋でネルソンが同じ曲を練習していたとのことです。

 一方で休憩時間には煙草をふかしてコーヒーをがぶ飲みしていたという話も伝わっています。太々しいのか初々しいのか。よく分からないアルゲリッチですが、このデビュー・アルバムでの彼女のピアノには素直に感動いたしました。

Edited on 2020/5/2

Chopin, Brahms, Liszt, Ravel, Prokofieff / Martha Argerich (1961 Deutsche Grammophon)