$あれも聴きたいこれも聴きたい-Heldon ジル・ドゥルーズと言えば、白難解とあだ名されたみすず書房系の哲学者です。ちょうど私が学生の頃、80年前後には浅田彰や中沢新一などの哲学ブームがあり、ドゥルーズはフェリックス・ガダリとともに、その中でポップ・スターのような人気を博していました。私も買ったような気がしますが、覚えていません。

 そんなドゥルーズの講義を体験して、思想的に大きな影響を受けたソルボンヌの哲学博士リシャール・ピナスのワンマン・ユニットがこのエルドンです。何やらものものしいですね。

 この作品は79年に発表されたエルドンの7枚目にして、大傑作です。フランスのエッグ・レーベルから発売されました。エッグはプログレを積極的に世に出していたレーベルで、日本でも80年代前半だったと思いますが、レコード会社からこの作品を含む作品群が発売されたことがあります。

 私は、当時、それでエルドンのことを初めて知りました。フランスのプログレと言うと、暗黒のマグマは別として、どこか抒情的な音を思い浮かべていましたが、このエルドンは違いました。驚いた覚えがあります。

 巷間、よく言われているのが、ピナスはキング・クリムゾンのロバート・フリップに私淑しているということです。本人もそのことを隠しておらず、アルバムに「ロバート・フリップに捧ぐ」と入れてみたり、曲の題名に「イン・ザ・ウェイク・オブ・キング・フリップ」などと入れてみたりしています。

 ピナスはギタリストでもあり、そのプレイ・スタイルは明らかにフリップの影響を受けています。しかし、猿まねということではなくて、このアルバムなどは十分に独創的だとも思いますがね。

 エルドンは、ピナスの個人プロジェクトですから、そのサウンドもアルバムによって大きく異なっています。このアルバムでは、アナログ・シーケンサーの紡ぎだす反復リズムに、重厚ヘビーなロックが鳴り響くとても分かりやすい音になっています。

 キーボードやシンセ系はもちろん入っているのですが、ドラム、ベース、ピナス本人のギターが中心となるおなじみの形態なんです。そこから、ジャーマン・プログレ的なシーケンサーのリズムに、クリムゾン直系のヘビーなバンドが絡むというありそうでなかった音が出てきます。組み合わせの妙です。

 特にドラムのフランソワ・オッジェの活躍には目を見張るものがあります。後にDAFなどのバンドが取り入れますが、デジタルなリズムに肉体派の人力ドラムが合わさると得も言われぬグルーブが出来てくるんです。そこがこのバンドの聴きどころです。

 もちろん、それに煽られて、ヘビーなベースと、ロバート・フリップばりの弾きまくりギターが興奮を誘います。なかなかいいバンドですね。

 曲は全部で3曲。短い曲を挟んで長尺曲が2曲。圧巻はやはり長尺曲です。最初の曲は「ボレロ」。全部で8つのパートに分かれていて、それぞれが少し違う曲調になっています。シーケンサーがくっきりしていて、素敵です。

 一方、もう一つの長尺曲「スタンド・バイ」はエルドンの代表曲ですが、最初は電子リズムが入らず、ヘビーなギター・トリオとなっています。途中から、エルドンらしい反復電子ビートが入りますが、「ボレロ」に比べれば、よりブルース的な匂いがします。ピナスは若い頃、ブルースにも入れ込んでいたようです。

 フランス、さらには哲学ということで、難解な印象がありますが、ここには意外な肉体派がいます。お勧めです。

Stand By / Heldon (1979)