$あれも聴きたいこれも聴きたい-Joe Jackson
 ジャケットがすべてを物語っています。色も線も最小限なのに、限りなく饒舌にちょっと昔、戦前あたりのニューヨークを申し分なく表現しています。美しいメロディーとハーモニーに彩られたポピュラー音楽全盛の時代。知らんけど。

 この作品には驚きました。ジョー・ジャクソンはパンクの流れにのって1979年にデビューした当時はとんがった人でした。何がとんがっていたかというと靴と頭です。自然剃り込みととんがり靴で愛すべきちんぴらバンドのマッドネスやスペシャルズと同類だと思っていました。

 そんなジャクソンがこんなゴージャスなポピュラー・アルバムを出したということに驚きました。ただし、前作はジャイヴに挑戦しているので、パンクから直接ここにきたわけではなく、ヒットチャートに入ったので久しぶりに耳に届いて驚いたということなんですが。

 このアルバムは大西洋の両側でトップ5に入る大ヒットを記録して、ジョー・ジャクソンに不動の地位をもたらしました。私もリアルタイムで「危険な関係」のシングル盤を買って愛聴していました。アルバムまでは手が届きませんでしたが、なんやかやとよく聴きましたね。

 このアルバムからの大ヒットは、「ステッピング・アウト」、邦題は「夜の街へ」です。トップ10ヒットとなり、グラミー賞にもノミネートされました。「危険な関係」もカットされて、そこそこヒットしましたが、及びませんでした。私の歌謡曲的感性には「危険な関係」の方がよく合います。

 サウンドの特徴は、ギターがないことです。演奏の中心はジャクソンを含む4人。ジャクソンは、ピアノ、オルガン、シンセ、サックス、ビブラフォン、ボーカルと数多くの楽器をこなしており、残りのメンバーはドラムとベース、それにパーカッションです。

 パーカッションは、スー・ハジョポウロス(発音、合ってますか?)というギリシャとプエルトリコの血を引く女性です。彼女のラテン・パーカッションがギターの代わりをしていると言ってよいと思います。このアルバムの眼目は何といってもラテン音楽で、彼女がその象徴です。

 スーは、このアルバムでのプレイで一躍人気を博し、その後もセッション・ミュージシャンとして大活躍します。それも分かります。世界を魅了したパーカッション・プレイは見事なもので、その音だけを聴いてアルバムが終わってしまいますよ。

 アルバム・タイトルはコール・ポーターの曲からとられていますし、全体に曲のスタイルがロックというより、サルサを始めとするラテン風味満載のポピュラー・ソングです。歌の復権。そうして、強烈にニューヨークの香りがします。もうジャケットそのまんまなんですよね。

 「ガーシュウィンやコール・ポーター、その他かつての作曲家達が書いたスタンダード・ナンバーで聞けるような豊かなメロディーやハーモニーを、今の僕たちは忘れてしまったみたいだ」という反省は言葉だけには終わりませんでした。

 あのとんがり頭のジョー・ジャクソンが、と思うと感慨もひとしおです。ゴージャスな夜を演出するには最適なアルバムの登場です。このアルバムのおかげでロックの世界も随分と豊かになったように思います。ギターなんかいらへんで。

2021/10/4に書き直しました。

Night And Day / Joe Jackson (1982 A&M)