$あれも聴きたいこれも聴きたい-Slapp Happy 03
 正真正銘ほんまもんの幻のレコードとは、制作されたものの発売に至らずお蔵入りになってしまったレコードのことでしょう。その意味では、この作品は正統派幻のレコードです。制作当時はお蔵入りになってしまいましたが、後に正式に発売された期間限定幻のレコードです。

 スラップ・ハッピーの面々は、よりポップな作品として、このアルバムを制作しました。しかし、ドイツ・ポリドールが、こんなもんはあかん、とばかりに発売を拒否したので、イギリスにわたり制作し直したバージョンが発表されたという経緯があります。

 この作品を世に送り出したのは、レコメンディッド・レコードです。このレーベルは、同じ初期ヴァージンのお仲間バンド、ヘンリー・カウのクリス・カトラーが1978年に設立した実験的な音楽を中心に手掛けるレーベルです。そこのアーティストをレコメン系と称します。

 スラップ・ハッピーは後にヘンリー・カウと合体しますから、自然な成り行きです。ヴァージンからのレコードがコマーシャルに作り直されているとすれば、オリジナルを発表することは、既成の音楽業界へのアンチとなるわけで、それもまたレーベルのポリシーに合致します。

 お蔵入りバージョンのサポート・ミュージシャンは、ファースト・アルバムと同じくドイツ一の暗黒バンド、ファウストのメンバーですし、プロデュースもファウストの仕掛け人ウヴェ・ネッテルベックとこれまたファーストと同じです。録音場所も廃校ヴュンメ。一味臭が漂います。

 この作品の題名はカサブランカとムーンを逆につづったものです。もともとの題名は「カサブランカ・ムーン」だったようで、最初はグループ名だけだったヴァージン盤の再発タイトルと被ったがために、お遊び感覚でつけたようです。まあ、歌詞にも出てきますし。

 ヴァージン盤は、ボーカルを含めてすべて録り直されていますが、曲目は1曲を除いて全く同じ。歌詞もメロディーもほとんど同じで、演奏の方も極端に違うということはありません。ただ、デモ・テープのような録音で、ヴァージン盤に比べてアヴァンギャルドの香りが強いです。

 こちらのオリジナルでは、ダグマー・クラウゼのボーカルも抑えてはいるものの、やや攻撃的ですし、ピーター・ブレグヴァドのギターもじゃらじゃら耳障りな音をだしています。それにやはりファウスト・リズム隊です。普通のリズムなのになんだか悪意を感じます。

 こうなりますと、どっちがいいか、論争が戦わされることになります。私の見るところ、世論はレコメン盤の圧勝です。それはそうでしょう。アーティストの意向を商業主義が歪めたという物語なわけですから、ファンを自認する人ならオリジナルを愛でるのが正しい。

 私は、どちらも好きですが、どちらかと言えば、最初に聴いたこともあって、ヴァージン盤の方が好きです。当時のヴァージンの姿勢や、アンソニー・ムーアの意図から言って、あの作品を制作したことがそれほどアーティストとして不本意だったとは思えません。

 とはいえ、このアルバムも捨てがたい。ヴァージン盤を聴いて、もう少し聴きたいなと思った時にはこれを聴く。ここは捻じ曲げ物語にとらわれることなく、両方のアルバムを楽しむのが正解です。この頃のスラップ・ハッピーの音源が聴けるだけで幸せです。

Acnalbasac Noom / Slapp Happy (1982 Recommended)

*2012年11月14日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Casablanca Moon
02. Me And Parvati
03. Mr. Rainbow
04. Michaelangelo
05. The Drum
06. A Little Something
07. The Secret
08. Dawn
09. Half-way There
10. Charlie'n Charlie
11. Slow Moon's Rose
(bonus)
12. Everybody's Slimmin
13. lue Eyed William
14. Karen
15. Messages

Personnel:
Anthony Moore : guitar, keyboard
Peter Blegvad : guitar, vocal
Dagmar Krause : vocal
***
Gunther Wüsthoff : sax
Werner Diemaier : drums
Jean=Hervé Peron : bass