$あれも聴きたいこれも聴きたい-John Coltrane ジャズ・ファンはなかなか近寄りがたいものがあります。生半可な知識で近づくと怒られそうです。中でも、ジョン・コルトレーンのファンはとりわけ恐ろしいです。マイルス・デイヴィスのどこか親しみやすい風情とは異なっています。

 私などが勝手に使ってよいのかどうか分かりませんが、ジョン・コルトレーンの愛称はトレーンです。怖いですが、今回は使ってみることにしましょう。

 トレーンは、1957年に神の恩寵によって、魂の覚醒を経験します。元の言葉で言えば、スピリチュアル・アウェイクニングです。これは、このアルバムの内ジャケットに自らが記している言葉ですから、間違いありません。魂の覚醒によって、トレーンは、より豊かで、より充実して、より生産的な人生に導かれました。すべては神の恩寵です。

 そうして彼は、音楽を通して人々を幸せにできる方法と特権を神に乞い求め、それが与えられたのです。このアルバムは、そんな神に感謝するために制作されました。

 私は佛教大学の通信教育を受けたことがあるほど仏教好きですが、神道にも人並み以上に興味はありますし、キリスト教に関しては、極東放送の聖書通信講座を受けたことがあります。イスラームやヒンズー教にも結構詳しいですよ。自慢ととられるか、オタクのカミング・アウトととらえられるかどっちでしょうか。

 宗教を音楽で表現することは、昔から行われています。キリスト教もそうですが、イスラムでもヒンディーでも同じ。トレーンの音楽も同じように理解できそうです。しかも、百千万の言葉で神を語るよりも、こうして演奏だけでピュアな神への感謝を表現するより純度の高いものです。

 演奏は、トレーンのテナー・サックス、マッコイ・タイナーのピアノ、ジミー・ギャリソンのベース、エルヴィン・ジョーンズのドラムスのカルテットによります。トレーン覚醒後の道行きを共にしたグループです。さすがに恐ろしいまでの充実ぶりです。

 アルバムは組曲になっています。一応、4部からなりますが、全体で30分強と短いですし、テーマがテーマなだけに、通して聴くしかありません。実に濃厚な演奏が全編にわたて繰り広げられています。

 中山康樹さんは、「4人が一体となって繰り出すサウンドはあくまでも重心低く、8本の足と大地に隙間がない。いわば根が張っている状態。」(ジャズの名盤入門)と表現されています。この表現には唸りました。全くその通り。息詰まるほどの濃密な時間が流れていきます。

 ところが、一方で、とても親しみやすいメロディーが随所にあるので、何度も聴いていると、自然に口をついで出てくるようになります。唯一のボーカル・パート、♪あ、ラーヴ・シュープリーム♪のところなどは、ちょうど歩くリズムにもあうので、今日は街角を歩きながら口ずさんでしまいました。

 トレーンの渾身の一作は、素晴らしいジャズ・アルバムになりました。神がからむと鬱陶しいと敬遠する方もいらっしゃいますが、神はあまねくいらっしゃいますから、そんなに構えずに、耳を傾けるとよいと思います。とにかく素晴らしい音楽です。

 最後に余談ですが、この紙ジャケ、背表紙が「デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン」となっています。間違いなので、メーカーは交換も受け付けていましたが、期間限定だったので逃してしまいました。まあこれもご愛嬌でしょう。

A Love Supreme / John Coltrane (1964)