$あれも聴きたいこれも聴きたい-Art Garfunkel
 アート・ガーファンクルは完璧主義者ですからソロ・デビュー作「天使の歌声」には2年の歳月と20万ドル以上の製作費をかけました。それなのに、ジャケット写真ではアートが着ているセーターの右肩部分はほつれて穴が開いてしまっています。なんということでしょう。

 私とアートとの出会いはもちろんサイモンとガーファンクル。最初は、綺麗な声で歌うアートの歌に魅了されました。しかし、洋楽に目覚めた中学生にとって、歌ってるだけのアートに比べ、作詞作曲もするポールと方が偉いと思いだすのも早かったと思います。

 その後、ディープなロックの道に踏み込んだ私にとって、アートのような他人の歌を歌うポピュラー歌手とはとんと縁遠くなっていきました。しかし、人生も後半に差し掛かると、改めてアートのような歌手の良さがしみじみと分かってくるようになりました。

 このアルバムはアートのソロ・デビュー作品にして、最も売れたアルバムです。日本でもベスト10に入りました。私の1枚もカウントされているはずです。しかし、最近発売された彼のベスト盤にはこのアルバムからの曲は1曲だけしか入っていません。嫌いなんでしょうか。

 改めて聴いてみると、本当によく出来たアルバムです。作曲家陣は、他人が歌った方が断然よいポール・ウィリアムスを筆頭に、長い付き合いとなるジミー・ウェブ、男ヴァン・モリソン、アカデミーをとったランディー・ニューマンと有名どころが並んでいます。

 さらには、アフロ・バンドのオシビサの曲やハイチの黒人民謡にフォーク・ソング、フォルクローレまであります。こうした間口の広さはてっきりポール・サイモンの持ち味だと思っていましたが、どうしてどうしてアートもやるものです。

 参加ミュージシャンは超豪華です。ザッパともやっていたジム・ゴードンや、おなじみのジェリー・ガルシア、そしてポール・サイモンまで参加していますし、超一流が居並ぶそうそうたる面々です。それで実に丁寧なプロダクションになっています。奥が深いサウンドです。

 真正面から歌唱に取り組んだとても良質な作品です。しかし、歌詞が暗い。ジェリー・ガルシアがギターを少し弾いている「悲しみのウィロー・ガーデン」では、女の子を殺してしまって絞首刑にされますし、「老人」では死に臨む孤独な老人を描いています。

 ヒット曲は、ジミー・ウェッブの「友に捧げる讃歌」、ポール・ウィリアムズの「青春の旅路」、ヴァン・モリソンの「君に歌おう僕の歌」の3曲で、いずれも素敵な曲です。私は、特に「青春の旅路」が好きです。ベタに盛り上がる曲をアートが気持ちよく歌っています。

 ボーカリーズ・シリーズがはやっていますが、元祖ボーカリーズは彼です。昔のポピュラー歌手、フランク・シナトラやアンディ・ウィリアムズなんかのスタイル、クルーナー・スタイルというそうですが、それを踏襲して、さらに歌の視野を世界に広げた功績は大きいものがあります。

 ところで、タイトルは「ダーヴァビル家のテス」のテスの恋人の名前です。いい小説でしたね。私は泣きました。「エンジェル、しっかりせい!」と思いながら読みました。ナスターシャ・キンスキーの映画ももちろん名作。今だに余韻が残っています。それを「天使の歌声」とは。

Rewritten on 2019/4/14

Angel Clare / Art Garfunkel (1973 Columbia)