$あれも聴きたいこれも聴きたい-Walter Bishop Jr Trio ジャズ喫茶と言えば、暗い店内で大きなスピーカーに向かって黙って音に聴き入る店。一言でもしゃべろうものなら常連さんから睨まれる。そんなイメージです。私の若い頃にはまだまだジャズ喫茶はあったと思うのですが、恐ろしくて近づくことができませんでした。

 しかし、本当にそんなだったのでしょうか。私はジャズ喫茶というものに入ったことはおろか、外から見たこともありません。イメージはすべて2次情報に基づいているわけです。本当の姿はどうだったんでしょうね。

 この「スピーク・ロウ」はジャズ喫茶の定番中の定番だと言われる作品です。さぞかし、小難しい顔で一心不乱に聴き入る音楽じゃないかと恐れながら聴いてみますと、とっても柔らかくて優しい心躍るジャズが展開されています。思わず「いいねっ!」と一言言いたくなる音楽です。黙って聴いていられない。

 こんな音楽をみんなで聴いていたのだとすると、ジャズ喫茶のイメージを大きく修正しないわけにはいきません。楽しい場所だったのかもしれませんね。明るい陽光の差し込むテラスで、おいしいコーヒーを飲みながら、恋人と二人で柔らかい時間を過ごす場所。それがジャズ喫茶?

 「スピーク・ロウ」は、もともとジャズ・タイムというレーベルから出された作品です。フレッド・ノースワーシーというイギリス人が設立したこのレーベル、わずか3作品を世に送り出しただけで、運転資金にも困って活動中止となってしまいました。そのため、このアルバムも長らく幻の名盤とされていたそうです。そんなですから、ジャズ喫茶くらいでしか聴けなかったという事情もあったようです。

 とても落ち着くジャズらしいジャズが流れてきます。リーダーのウォルター・ビショップJrはピアノの人。彼にベースのジミー・ギャリソン、ドラムにGTホーガンを加えたトリオ編成で全6曲。いずれも本当にしっとりとした演奏ばかりです。

 寺島靖国さんによる辛口ジャズノートでのアルバム評が傑作です。「本来平凡なサイドメンとしてうだつのあがらない一生をおくるはずの男が魂と引き換えに類稀なる一枚の作品を手に入れた・・・ある日突然ひとりでに指が動き出し心に歌があふれでた・・・これこそ一年後にコルトレーン・カルテットに迎えられることになる超人ベーシスト、ジミー・ギャリソンによって凡庸なピアニスト、ウォルター・ビショップJrが持てる才能を根こそぎ吸い出された稀有な作品である・・・このレコードの聴き所は平凡なピアニストが超自然的なリズムによって異常なピアニストに変貌するプロセスを驚きの目で見守ることにある」。

 さすがに音楽評論家。アルバム自体は素晴らしいと褒めているわけですが、この辛口ぶり。愛情があふれているとみて、まあよしとするんですかね。私にはこんな辛口批評は到底かけないですねえ。気が小さいですから。

 このジャケットは素敵ですね。薄い緑の背景がとってもいい感じです。煙草のくわえ方もたまりません。3枚しかアルバムを発表しなかったとはいえ、このレーベルは素晴らしい仕事をしたものです。パッケージにも心配りがありますよね。

 何となく何度も聴きたくなるアルバムです。いいですよ。

Speak Low / The Walter Bishop Jr. Trio (1961)