$あれも聴きたいこれも聴きたい-ヒカシュー2
 ♪にやーっとしーたら、はーぐきから血ぃーが出た♪。初めて聴いてからもう40年以上経過するわけですが、今でも何かのはずみにふと口をついて出てきます。それほど私の脳裏に刻み込まれてしまっています。困ったことですが仕方ありません。

 これは本作品収録の「マスク」の一節です。当時、テレビでヒカシュー・ファンにインタビューして、好きな歌を歌ってもらう企画があり、女子高生がこの一節を歌いました。私にとってはオリジナルよりもむしろそちらのインパクトが強烈なのでした。

 ヒカシューはカルトっぽいバンドでした。アンチなビジュアル感覚も含めて、1980年代初頭のサブカルの空気をここまで濃密に体現したバンドはなかなかありません。もはや死語となりましたが、ノーパン喫茶やビニール本の世界観です。

 ジャケットに嫌でも目につくスイカ。収録曲に「スイカの行進」があるので自然といえば自然なのですが、これもサブカル・エロ雑誌ウィークエンド・スーパーの企画であるスイカに恋する変態フォト・ストーリー「愛情西瓜読本」にヒントを得たのだそうです。

 本作品は「ポップ・ミューヂックの新感覚派」ヒカシューの2枚目のアルバム「夏」です。前作からわずかに5か月で発表されました。とんでもないハイペースですが、巻上公一によれば、これは日本のレコード業界の重鎮「石坂敬一氏のパワーが成しえた業」です。

 ヒカシューは石坂に気に入られ、石坂自らも参加した強烈なプロモーションが展開されました。残念ながら大ヒットとはなりませんでしたけれども、本作品収録の曲が映画やテレビCMに起用されるという異例の処遇を受けています。さすがはメジャーです。

 具体的には本作収録の「パイク」がホラー映画「チェンジリング」のエンディングに無理やりタイアップされて流されました。また、よくもまあこんな歌を使ったものだと思いますが、「オアシスの夢」がクラリオンのCMに使われています。今となっては不思議な気がします。

 本作品は前作から間がないとはいえ、2枚目ということでデビュー盤に比べるとずいぶんと手慣れた感じがします。デビューの喧騒も落ち着き、腰を据えて「いかにオリジナルなものを作れるか」に腐心して取り組んだということだと思います。

 プロデュースは前作に引き続き近田春夫が担当していますが、本作品では加藤和彦も一曲だけプロデュースしています。加藤がプロデュースしたベンチャーズのアルバムに「パイク」が提供された縁です。彼らは加藤にさまざまな手法をおねだりしたそうです。

 もともと東京キッドブラザーズに所属していた演劇人、巻上の芝居がかったケレンみのある歌声ばかりではなく、本作品では他のメンバーもリード・ボーカルをとっていますし、曲のバラエティも豊富になりました。力のこもった二作目といえるでしょう。

 なお、巻上によれば、本作品のプロデュースをクラウトロックの要コニー・プランクにお願いして承諾を得ていたのだそうです。しかし、その意味は理解されず、実現はしませんでした。もしもプランクが関わっていたらと思うと興奮します。そう考えるととても残念でなりません。

夏 / ヒカシュー (1980 East World)

*2012年8月8日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. アルタネイティヴ・サン
02. 不思議のマーチ
03. パイク
04. イルカは笑う
05. モーニング・ウォーター
06. 謎の呪文
07. オアシスの夢
08. マスク
09. ふやけた■■
10. スイカの行進
11. ビノ・パイク
12. 瞳の歌

Personnel:
巻上公一 : bass, vocal, cornet
海琳正道 : guitar, vocal, sitar
戸辺哲 : sax, guitar, vocal
井上誠 : synthesizer, mellotron, piano, organ
山下康 : synthesizer, rhythm box, celesta, piano, timpani
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高木利夫 : drums