$あれも聴きたいこれも聴きたい-Herbert Blomstedt お手軽に清涼感を表現するためには、よくマッターホルンの画像が使われます。子どもの頃からテレビで見慣れた光景なので、私もアルプスと聴くと反射的に涼しくなります。そういうわけで、まだまだ酷暑が続きますから、今日はアルプスで涼しくなりましょう。

 リヒャルト・シュトラウスは、山師だのなんだの散々な言われ方をしている人なんですね。人格者で名高い名指揮者ブルーノ・ワルターが「シュトラウスぐらい人間としていやな奴も珍しい」と言っています。性格もともかく、クラシック愛好家だった日本の知性、丸山真男も「音楽が無内容」と言っていて、作品までぼろくそです。クラシック界も大変です。

 ドイツの後期ロマン派を代表する大作曲家であるR・シュトラウスは、確かに絢爛豪華な作風です。後期ロマン派自体が岡田暁生さんの言葉を借りれば、「物量作戦」と「音楽の疑似宗教化」の二つの傾向を持っており、マーラーとシュトラウスによって、「誇大妄想と紙一重の絶頂に達することになる」(西洋音楽史)わけです。

 私は、今回初めて「アルプス交響曲」を聴きました。正直な感想を申し上げますと、55分の超大作であるこの作品、「いつ終わるんだろう」と思いました。冗長とかそういうのではありません。何度も何度もクライマックスが出てくるんですよね。じゃーん!と来るから、もう終わりかと思うと、また、ひゅーって続いていくわけです。

 「アルプス交響曲」はシュトラウスが子どもの頃にアルプスに登った経験を元に、アルプスの一日を描写した音楽です。全体は22の部分に分かれていて、それぞれにサブタイトルがついています。小鳥は鳴くし、風も吹く。雷も鳴れば、牛も啼く。日没だとか静かな部分ももちろんあるのですが、全体にじゃんがじゃんがとやたらと派手な曲です。

 雷は特注の雷鳴器、サンダーマシーンですし、風もウィンドマシーンを投入しています。しかし、クラシックの方々は雷が大好きですね。雷フェチなのかもしれません。大自然の怒り!雷が最強って、地震や火山の日本から見れば平和なもんです。

 全体にプログレッシブ・ロックな感じがします。徹底的に情景描写的なところ、ビートではなくメロディーを中心にした楽曲の作りになっているところ。ロック的なスピリットを感じる古典派に対して、どこか柔弱さを残したプログレッシブ・ロックな感じです。

 しかし、こうしたずるずるの音楽も悪くはありません。徹底した菜食主義者で知られるブロムシュテットが実に見事に作品をまとめ上げています。彼はN響の指揮をしたこともあって、日本にもなじみ深い人だそうです。気を使ってお蕎麦を出したけれども、汁が鰹と聴いて、蕎麦だけ食べたエピソードがいいです。私もベジタリアンのインド人に冷奴を出したら、鰹節をよけてくれと言われたことがあります。

 ベジタリアンのアルプス登山ということで、同行者は大変でしょう。豪華絢爛、頽廃的な曲を、厳格な菜食主義者が演奏しているわけで、組み合わせの妙とも言えるのではないでしょうか。面白いケミストリーです。

Strauss : Eine Alpensinfonie, Don Juan / Herbert Blomstedt, San Francisco Symphony (1990)