$あれも聴きたいこれも聴きたい-Maurizio Pollini こりゃまた、同じピアノ協奏曲でもラフマニノフとは対極にある音楽ですね。ちっとも甘くない。毛の先ほども情緒的なところがありません。ピアノという楽器は、油断すると「渚のアデリーヌ」的要素がどこかしら顔を覗かせるものですが、ここにはそんなところは微塵もありません。

 バルトークのこの作品は、ピアノは打楽器であるということを思い知らせてくれます。そんな打楽器としてのピアノをとても緻密に経糸横糸を交錯させて直線で構築したような数学的な作品です。作曲したのは戦間期ですから、その頃の重厚長大産業の工場イメージもあります。古典的な機械群。

 数学的と申し上げましたが、バルトークにはフィボナッチ数列を使って作曲していたという話もあります。「黄金分割」なんて言葉も見え隠れします。自らは作曲理論を明らかにしないまま世を去ったということですが、今生きていればきっとシンクラヴィアなどを使って作曲したに違いないと思わせます。

 そんなところもあって、このピアノ協奏曲を聴いていると、フランク・ザッパを思い出します。彼は影響を受けたミュージシャンの一人としてバルトークをあげています。ザッパのいわゆる現代音楽作品は、とてもバルトーク的です。ザッパの音楽も情に流れないし、構成的な作風が見事にぴったりはまります。それから考えると、バルトークの音楽はロックに慣れた耳にもとても聞きやすい作品であるといえましょう。

 さて、バルトークはハンガリー人。伝統的な西洋音楽の価値観を受け継ぎながら、民族音楽や非西洋音楽への関心も高く、民族音楽で博士号をとったりしていますが、これは、ハンガリーという西洋の辺境の生まれであることと関係があるのだろうと思います。

 そんなバルトークはクラシック界のオルタナ男、インダストリアル派かと思ったら、新古典主義にくくられてるんですね。民族音楽との融合を図った新古典主義ということだそうです。そういう風なものとしてお勉強しておけばよろしいのでしょうが、まだまだクラシック学習の道のりは長いなあと感じます。

 ピアノはマウリッツィオ・ポリーニです。現代最高のピアニストの一人ということで、「完璧すぎる」「冷たい」「機械的」と評されることが多いそうですね。それはこのバルトーク作品の場合にはそのまま賛辞になります。指揮のアバドとは息もぴったりあっていて、素敵な演奏だと思います。

 どちらの楽曲も技術的にきわめて難しいそうですね。バルトーク自身、第1番は難しすぎたので、第2番は、「オーケストラの演奏がそれほど困難でなく、聴衆にとってもっと快い作品として」作曲したとのことですが、これもとっても難しい。

 私は第2番の方が好きです。三つの楽章に分かれていて、ピアノと対するのは、第一楽章は弦なしのホーンのみ、第二楽章はホーン抜きの弱音器付きの弦とティンパニのみ、第三楽章はフル・オーケストラと、それぞれ工夫が見られます。プログレ風オルタナ・サウンドが素晴らしい。

Bartok : Klavierkonzerte/ Piano Concertos 1 + 2 / Maurizio Pollini, Claudio Abbado, Chicago Symphony Orchestra (1977)

ブーレーズの指揮ですが、どうぞ。