$あれも聴きたいこれも聴きたい-ちあきなおみ
 ちあきなおみの芸能活動は1969年にデビューしてから1992年に事実上引退してしまうまで足掛け24年に及びます。「四つのお願い」や「喝采」などの派手なヒット曲は前半に集中していますけれども、後半の渋い活動が何とも素晴らしいです。

 1985年に発表された「港が見える丘」です。ちあきは1980年代前半にシャンソン、ジャズ、ファドと世界の音楽に挑戦する企画を実現します。この企画を経て、「ようやく日本の歌に取り組むタイミングがやってきた」と制作されたのが本作品です。

 本作品は、戦前から終戦直後、より具体的には1935年から1952年の間の歌謡曲をカバーしたアルバムです。小畑実の「星影の小径」、平野愛子の「港が見える丘」、岡晴夫の「青春のパラダイス」に淡谷のり子の「雨のブルース」などなど。

 これらの曲はちょうど私の親の世代の青春ソングにあたります。母親がこうした歌が大好きだったものですから、子どもの頃にはテレビで年に数回放送される「懐かしのメロディー」をよく視聴したものです。そのため、自然とこうした曲は耳に馴染んでいます。

 ここで編曲を担当するのは、当時はまだ30代の若い倉田信雄と武川雅寛の二人です。倉田はさだまさしを始めJポップのアーティストを手がける音楽プロデューサーですし、武川は言わずと知れたムーンライダースに結成から参加している人です。

 そのため、演奏も、かしぶち哲郎、鈴木博文、白井良明、岡田徹とムーンライダースのメンバーだったり、渡嘉數祐一や岡沢章などのスタジオ・ミュージシャン、シンガー・ソングライターの吉川忠英など、気鋭のミュージシャンばかりで、その名もきちんとクレジットされています。

 当時はアイドル歌謡とYMOなんていう取り合わせが流行っていた時期でもありますから、歌謡曲とムーンライダースがコラボしたとしても特に違和感は感じませんでした。むしろ、戦前戦後の歌謡曲には演歌仕様の演奏こそが似合いません。

 プロデューサーの東元晃は、「シャンソン~ジャズ~ファドと続けてきた流れを壊さず、かつての日本の名曲を、リズム、ハーモニー等新しく衣替えしたサウンドを従えて、彼女の情感あふれる歌唱が舞い踊る」と、当初の企画意図を説明しています。

 もはやこの頃の日本の楽曲はエキゾチックにすら聴こえますから、シャンソンやジャズ、ファドと並べてまるで違和感がありません。情感にはあふれていますけれども、ちあきの歌はべたべたしたところがありませんから、これらの曲を最高の形で再現しているとも言えます。

 それにしても素晴らしい歌唱です。テレサ・テンでいえば「淡々幽情」、ロッド・スチュワートでいえば「グレート・アメリカン・ソング・ブック」。不世出のボーカリストにふさわしい名盤といえます。引退してもなお売れ続ける異例の現象を起こしている歌手ならではです。

 この作品はかなりヒットしました。特に「星影の小径」はCMに使われる都度ヒットを繰り返していますし、アルバムも1985年に発売された後、1993年に「星影の小径」と一旦改題して再発され、さらにその後も何度も再発されています。息の長い名盤なんです。

Minato ga Mieru Oka / Naomi Chiaki (1985 ビクター)

*2012年5月28日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. 星影の小径
02. 雨に咲く花
03. 港が見える丘
04. 上海帰りのリル
05. 青春のパラダイス
06. ハワイの夜
07. 水色のワルツ
08. 雨のブルース
09. 夜霧のブルース

Personnel:
ちあきなおみ : vocal
***
渡嘉敷祐一, かしぶち哲郎 : drums, 
岡沢章、 吉田建 : bass
岡田徹 : keyboards
鈴木博文 : bass, keyboards,wood winds, voice
倉田信雄 : keyboards, chorus, synthesizer
鈴木さえ子 : marimba, keyboards
吉川忠英 : accoustic guitar, ukulele
白井良明 : charenge, chorus
Kazuo Sugimoto, 武川雅寛 : chorus
土岐幸男 : chorus, synthesizer
深沢順 : synthesizer