学生時代に観た演劇実験室天井桟敷の演劇公演には名状しがたい衝撃を受けました。内容の詳細は忘れてしまいましたが、強烈なオーラを放つ役者の姿や驚くべき集団の舞踏などが脳裏に焼き付いています。主宰する寺山修司の繰り出す世界はとにかく美しいです。

 寺山が描き出す世界は、前近代的な土俗の世界、呪術と血の匂いのする世界です。物語の祖型的には体内回帰と言えるかもしれませんし、折口信夫や宮本常一の描く世界に通じるところもあります。しかも寺山はそこを突き抜けたハイパークールな世界も見せる。「

 私が生まれ育った頃の田舎には、今の若い人には想像できないくらいに土俗的な世界が身近にありました。ただ、自分がその当事者というわけではなく、半透明の薄膜の向こう側にぼんやり見える感じです。未生の記憶です。寺山の世界はそんな原体験を刺激します。

 その寺山の世界を描き出すにあたって、J・A・シーザーの音楽は欠かせない要素です。シーザーは宮崎に生まれ、十代で放浪の旅に出て、心中未遂を経験した後、天井桟敷の門を叩き、そこで寺山に音楽をやるように指示されたという経歴の持ち主です。

 以降、天井桟敷の音楽のほとんどを手がけたシーザーは、寺山亡き後は天井桟敷の後継ともいえる万有引力を主宰して今に至ります。万有引力の公演でももちろん音楽を手がけるのみならず、演出もてがけて、70代となった今も意気盛んです。

 「國境巡禮歌」は1973年2月3日に日本青年館で行われたシーザー初のソロ・リサイタルを収録したライヴ作品です。シーザーは劇伴音楽を多数世に送り出していますけれども、音楽のみのオリジナル・アルバムはこの作品が初めてとなります。

 リサイタルで演奏しているのはこの当時のシーザー・バンドである悪魔の家の面々です。ギターにはライターとしても知られる森岳史、ドラムには鈴木茂行、ベースには寺山映画にも出演していた河田悠三、そしてシーザーがエレクトーン、ギター、琴、和太鼓です。

 ボーカルをとっているのは新高恵子や蘭妖子など当時の天井桟敷を支えた役者たちです。構成や演出も寺山修司が手掛けており、ビジュアル面でも大そう面白いリサイタルであった模様です。リサイタルを目撃した人が素直にうらやましいです。

 楽曲は、シーザーが天井桟敷に入る前に作った「越後つついし親不知」に始まり、ロッテルダムで寺山の詩の朗読を伴奏した「転生譚」、演劇「邪宗門」関連の楽曲、学生が占拠した早稲田大学で行われた野外劇の「人力飛行機のための演説草案」などとなっています。

 サウンドは同時代のピンク・フロイドに通じるプログレッシブなもので、日本的な旋律に茫洋としたエレクトロニクスやばりばりのロック・サウンドがかぶさります。寺山の歌詞はもちろんシーザーが手がけた歌詞も含めて音との相乗効果で呪術的な世界を現出します。

 シーザーの音楽は、寺山演劇と表裏一体だったので、音楽単体として日本のロックの文脈で語られることはありませんでした。ですから、日本のロック史にはほとんど登場しません。こんな傑作が存在するにもかかわらず大変にもったいないことです。

Kokkyou Junreika / J A Seazer (1973 日本ビクター)

*2012年5月16日の記事を書き直しました。


國境巡禮歌 J.A.シーザー・リサイタル / J.A.シーザー (1973)



Tracks:
01. 越後つついし親不知
02. 転生譚
03. 母恋しやサンゴ礁
04. 狂女節
05. 英明詩篇
06. 和讃
07. 人力飛行機の為の演説草案
08. 民間医療術
09. 大鳥の来る日

Personnel:
J・A・シーザー : electone, guitar, 琴, 和太鼓
河田悠三 : bass
稲葉憲仁 : timpani
藤原薫 : 手製楽器
鈴木茂行 : drums
森崎偏陸 : 笛
林恭三 : congas
森岳史 : guitar
佐々田秀司 : congas
磯貝重夫 : 銅鑼
山城邦夫 : 竹
新高恵子、昭和精吾、佐々木英明、蘭妖子、サルバドル・タリ、関登美子、小暮泰之、中沢清、知念正文、モニカ、デボラ、ブィツキーマサコ : vocal