あれも聴きたいこれも聴きたい-Beirut アメリカ人なのに、ベイルートとは凄い名前をつけたものです。私たちの世代の人間にとって、ベイルートと言えば重信房子。日本赤軍と深く深く結びついているので、何やら胸がざわざわします。ただでさえ、中東の何やらきな臭い香りがする上に、日本赤軍ですからね。

 ベイルートには行ったことはありませんが、ヨルダンには行きました。死海を見てきましたが、ちょうど雷が轟いて、湖面に稲妻が突き刺さるという稀有な光景をみることができました。旧約聖書の神様が私のような不信心者にお怒りだったのかもしれません。

 このバンドは、ザック・コンドンという人のソロ・プロジェクトとして始まりました。いわゆるベッドルーム・ミュージシャンですが、エレクトロ派ではありません。アコースティックな楽器を中心とする音楽です。ボーカルもちゃんと入っています。

 ライブでは6人組のバンドになっていましたが、バンドによるレコーディングはこれが初めてです。一人で作り始めたら、うまく出来なくて、それはバンドからエネルギーをもらってないからだと考え、スタジオでライブみたいにレコーディングしてみたら、いい作品ができた、ということだそうです。そうして、音を全部取り終えた後、ボーカルをつけたようですね。

 バンドのマジックですね。いい話です。

 ベイルートの音楽の特徴は、ワールド・ミュージック、特にバルカンの音楽の影響を色濃く受けているところだと言われてきました。この作品では、その要素はそれほど強くありませんが、そこはかとなくバルカンの匂いが立ち上ります。その他にもメキシコの香りもしたりします。

 アコースティックでポップな作風ですから、普通ならカントリー音楽と言われてもおかしくないのですが、ワールド・ミュージックの匂いがするので、そう言い切ってしまえる人はいないのでしょうね。湿っているわけでもないけれども、乾いているわけでもない、生乾きな感じがする妙な手触りの音楽です。私はアイルランドのチーフタンズをちらっと思い出しました。

 アコーディオンやフレンチ・ホルンなど、あまり使われない楽器の響きがいいです。一部、チープなリズム・ボックスを使っていますが、その音もとてもアコースティックな感じがします。アナログなデジタル音です。とても懐かしい音楽ですね。

 ネットを見ていると、今年のグラミー賞で最優秀新人賞に輝いたボン・イヴェールに影響を受けたと評されていますね。随分感じが違うようにも思いますが、アコースティックといいますか、オーガニックな作風ですから、巨視的に見ると十把一絡げになってしまうのでしょう。

 こういう音楽もいいですね。古いんだか新しいんだか、ここなのかそこなのか、何ともふわふわととらえどころのないところが素晴らしいと思います。

The Rip Tide / Beirut (2011)