あれも聴きたいこれも聴きたい-Kip Hanrahan 東京マラソンのテレビ中継は面白かったです。先頭集団にゲブレセラシエやキプロティチ選手がいたおかげで、アナウンサーは噛みまくっていましたね。キップ・ハンラハンと、ついでにキャリーパミュパミュもいたら面白かったのにな、と独りごちておりました。

 キップ・ハンラハンとは変わった名前です。ご両親はそれぞれアイルランドとウクライナからの移民だそうで、キップはサマルカンド生まれの母方の祖父とともにブロンクスで育ったということです。ニューヨークの音楽界の裏番長と呼ばれています。そんな人ですから、私は当然名前を知っていましたが、彼の音楽を聴くのはこの作品が初めてです。

 そもそもこの人は作曲家なのか演奏家なのか監督なのか何なのかよく分からない人です。裏の番長と呼ばれる所以です。とにかく自由度がきわめて大きい人なんでしょうね。

 この作品を聴いた第一印象は、ちゃんとしてないな、というものでした。10ccのような各楽曲の中で起承転結が明快な曲作りと対極にあります。Aメロ、Bメロ、サビなんていう構成を全く意識していないような感じです。即興とも違います。

 決して非難しているわけではありません、そこのところが恐ろしく魅力的だと思うんです。ロックで言えば、一時期のストーンズの滅茶滅茶ルーズな感じと通じるものがあります。

 リズム一つとっても、ジャズやロックからディープな各種ラテンのリズムを同じ鍋に入れて、ぐつぐつと煮込んで煮込んで、うまみとコクが極限まで引き出された、そんな感じでしょう。一緒になるはずのないものが、煮込まれることで自然に同居してしまった不思議な体験です。

 このアルバムは、「筋肉がなくてお金を握りしめていられない」キップがお金の工面をしながら制作したために4年もかかったそうです。ちゃんとしてませんね。素敵です。

 CDジャーナルのインタビューによれば、アルバムのキーになっているのは、ソプラノ・サックスの第一人者故スティーブ・レイシーの「ノー・ベイビー」という曲です。前半は伴奏なしに♪ノー・ベイビー♪といろんな言い方で語り、後半はチャルメラ風のクラリネット・ソロになります。即興っぽいんですが、そうでもなく、吹いてるドン・バイロンは3週間も練習して、27テイクも録ったということです。語りの方も何ヴァージョンもあるそうで、ここでは2ヴァージョンが収録されています。

 こんな感じのシンプルな曲もありますが、多くはぐじゅぐじゅのリズムにひょろひょろした歌が乗る曲です。あまり各楽器のソロが前面に出てくる感じではありません。一人一人はシンプルで、それが重なって得も言われぬ表情が出てきます。

 音に身をゆだねていると身もだえするほど気持ちがよい。素晴らしい音楽だなあとしみじみと思います。

At Home In Anger which could also be called Imperfect, happily / Kip Hanrahan (2011)