あれも聴きたいこれも聴きたい-Tashi2 学生時代のことですが、思い立って武満徹の出演するイベントを渋谷に見に行ったことがあります。確か、映像と音楽がテーマだったと思いますが、記憶は定かではありません。

 覚えていることと言えば、会場で上映された映画「怪談」の数々のシーン、特に仲代達也のエロ顔のクローズ・アップ。トーク・ライブでの武満徹の姿。暗いステージに骸骨が宙を舞っているかのような不思議な風情でした。そして何より、武満が作曲した「怪談」の音楽の素晴らしさ。

 イベントが終わってから、レコード屋さんに走りましたが、「怪談」は廃盤になっていたので、代わりに買ったのが、「雅楽:秋庭歌一具」でした。そのレコードにはなじめないものがありましたが、そんなこともあって、私には武満徹は消化不良のままです。

 消化を助けるために入手したのが、このCDです。これは、武満徹がタッシのために作曲した「カトレーンII」、タッシと仲間たちのために作曲した「ウォーター・ウェイズ」と「波」の3曲を収めた作品です。

 タッシは、武満が75年に作曲した「カトレーン」を新日本フィルとともに初演するために来日しています。名演として知られていたようですが、この曲のタッシの演奏するパートを独立させて、改変を加えたものがこの「カトレーンII」となります。

 「ウォーター・ウェイズ」はタッシのピアニストであるピーター・ゼルキンを念頭において作曲され、タッシの4人にハープ二台とヴィヴラフォン二台を加えた演奏です。「波」はタッシのクラリネット、リチャード・ストルツマンを頭において作曲され、二台のトロンボーンとホルン一つにバス・ドラムが入ります。タッシからはクラリネット一本だけです。

 武満徹の音楽はとても美しいですが、メシアンなどとは異なって、とらえどころがありません。たいていの音楽はその構造に企みがあると思いますが、彼の音楽にはそういうところが希薄に思えます。全体は緻密に構成されているので、わざと希薄に見えるように企んでいるのかもしれませんが。

 こなれていない言い回しを使ってみましたが、彼の曲は音が流れていくように思えるということかもしれません。水のイメージに例えられることが多いですが、規則正しい水の流れはあまりイメージに合わない気がします。ドラムが活躍する「波」ですらリズムが明確ではありませんし。

 むしろ、ヴァージニア・ウルフの意識の流れ文体のような流れ、時間を隙間が自在かつ濃密に埋め尽くしているような感じ、宙に舞う骸骨のような動きです。

 そんな武満徹の音楽を、とても誠実に思慮深く濃密に演奏しているのがこのタッシです。「これほどに緻密な演奏が現代曲に行われるのは稀なことだ」し、「しかもそれは唯正確な再現と謂うものではなく、どのひとつの経過句にも彼らの血液が奔っているのが聞こえるようであ」り、「作品への温かい共感を得たことの喜びを、ぼくはどのように表したらいいだろう」と作曲者に言わしめた名演です。

 脳みそがすっきりと晴れ渡るかのような演奏には感動させられます。

Tashi Plays Takemitsu : Quatrain II, Water Ways, Waves (1979)