あれも聴きたいこれも聴きたい-Ash Ra Tempel
 東京タワーの蝋人形館と言えば、知る人ぞ知るジャーマン・プログレの聖地でした。東京のシンボルである東京タワーにある、超有名人か拷問されている人しかいないはずの蝋人形館に、ドがつくほどマイナーなドイツのロックの人たちの蝋人形が展示されています。

 ちなみに私は以前知人のパーティーで「蝋人形師」の方と知り合いました。彼は丁寧に陰毛を植えた性器などを蝋で制作する芸術家でしたが、日々の糧は蝋人形館から得ているとおっしゃってました。2013年に閉館してしまったのが残念でなりません。

 さて、そんな蝋人形館に鎮座ましましているのが、このアシュ・ラ・テンペルことマニュエル・ゲッチングです。蝋人形館を抜けると「コズミック・ジョーカーズ」というマニアックな音楽ショップがありました。ゲッチングの参加プロジェクト名ですから彼こそ東京タワーの主にふさわしい。

 この作品はアシュ・ラ・テンペル名義の6枚目のアルバムとなります。このバンドは紆余曲折を経てここに至り、この作品では、ついにマニュエル・ゲッチング一人となりました。ソロ名義で出せばよかったのに、バンド名で出しているところが面白いです。

 これはエレキ・ギターだけで作られた作品です。ギターだけ。ほかの楽器は一切使われていません。ギターにエフェクトをかけて、多重録音して作られています。全3曲。どの曲も実に気持ちがよい。陶酔というんでしょうか、トランスをもたらす音楽です。

 2曲目は、断られないとギターだとは分かりません。シンセサイザーの音のような、残響音のような静かな持続音からなる空間的な音です。しかし、1曲目と3曲目はちゃんと普通に弦を弾いていて、ギターらしい音が出てきています。

 そんなギターによるミニマルな反復するビートが延々と繰り返される上に、これまたギターがかぶさります。使っているのは4トラック・テープですから、重ね方も限られてしまいますけれども、その限界を十二分にわきまえた上での演奏です。

 基本となるビート音も二本なんでしょうか、モアレのようになっています。これがこの作品の肝になっています。とにかく気持ちがいい。これをギターだけでやってしまったわけで、後のミニマル・テクノなんかを先取りしてしまいました。

 しかし、この人はもともとブルースのバンドもやっていた人ですから、そっち方面のギターも弾くんですね。かぶさるギターはとてもロック的な一面も持っています。終盤にかけて盛り上がっていく様はなかなかに感動的です。

 当時のドイツの一連の音楽は、シンセサイザーを使った実験的な音楽が主流でした。そんな中であえてギターだけで作ったわけですから、みんなが洋楽器に乗り換える中、一人尺八を捨てない、それくらいの勇気ある行動でした。

 というわけで、当時はあまり評価されていなかったように記憶しています。しかし、そんな妙なこだわりもなくなった現在、この人は高く高く再評価されています。こんなに気持ちのいいサウンドはそうないですから、これは正当な評価だと思います。

Edited on 2019/2/17

Inventions for Electric Guitar / Ash Ra Tempel (1975 Ohr)