あれも聴きたいこれも聴きたい-坂田明 平家物語は凄いです。私は、高校時代、古文の勉強のためにと軽い気持ちで平家物語に取り組みました。さわりだけでもと思ったんですが、あまりの面白さに結局全巻読みました。それも音読で。興が乗ってくると楽しいんですよ。夜な夜な一人ライブを繰り広げておりました。

 若いころに読んだ本は忘れません。今でも平家物語の中身もよく覚えています。それにおそらくその後の人生に大きな影響を与えたのだと思います。諸行無常は私の人生観の中心に鎮座しております。

 この作品は坂田明が平家物語に正面から取り組んだ作品です。朗読、声、アルト・サックス、クラリネット、バスクラにパーカッションやドラをすべて一人でやっています。全部で7曲。

 朗読で取り上げているところは、まずは冒頭の祇園精舎、清盛が死ぬ入道逝去と六道之沙汰、義経の鵯越を描く坂落、能にもなった平敦盛が熊谷直実に討たれる敦盛最期、義仲が誅せられる木曾最後、そして清盛の正室二位の尼が安徳天皇を抱いて入水する壇ノ浦合戦の場面となります。魅力的な登場人物を一覧できて、全体のストーリーを追える秀逸な選択と言えましょう。

 坂田明の朗読は素晴らしい。美しいだみ声です。本物の琵琶法師もかくやと思わせんばかりの語りです。それも重くなりすぎず、「けめ、けめ、けめ」などと、ほっと息を抜ける軽味も備えています。

 そして何と言っても、このホーンの素晴らしさ。坂田明のライブを見たことはありますが、トリオだったりしましたので、どばしゃば系のプレイばかりでした。しかし、ここではロング・トーンを多用した演奏です。それが決して抒情に流れるわけではなく、森々と平家物語の世界の中に聴く者を引きずり込んでいくような演奏です。本当に素晴らしい。

 平家物語には、無常観が色濃く漂っています。権威から何からをすべて相対化してしまうその世界観はジャズに似ているのかもしれませんね。諸行無常の響きがするという祇園精舎の鐘の声は、きっと坂田のサックスの音色と変わらないのでしょう。

 コンセプト・アルバムとしては大成功だと思います。ストーリーを朗読で提示し、そうして音でその世界を描いていく。全体を聴き終えると平家物語を読み終えた感じになります。

 今は南総里見八犬伝を読んでいるのですが、読み終わったら久しぶりに平家物語に挑戦しようと思いました。ちょうどNHKでは平清盛をやっていますし。ちなみに二位の尼は深田恭子が演じる予定だそうです。

平家物語 / 坂田明 (2011)