あれも聴きたいこれも聴きたい-Nusrat 日本でワールド・ミュージックのブームが起こったのは80年代の後半から90年代の前半にかけてのことでした。欧米でのブームを決定付けたWOMADが始まったのが82年のことですから、欧米に少し遅れてのことでした。

 当時は、文化的な収奪だとかいろいろと功罪をうんぬんする人もいましたが、そこで紹介された音楽は圧倒的に素晴らしく、小賢しい文明論が矮小に見えたものでした。そうして、ブームと言えるものは去りましたが、音楽の国境は低くなったままとなりました。

 ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは国際交流基金のプロジェクトで87年に初来日公演を行い、このCDを吹き込みました。それまで日本ではほとんど知られていなかったハーンですが、その圧倒的な歌唱は日本にも大きな衝撃をもたらしたものです。

 日本では知られていなかったというだけで、パキスタンに生まれたヌスラットは、すでに鬼籍に入ったにも関わらず、北インド、パキスタンでは圧倒的な人気を誇っています。彼の音楽はカッワーリーと呼ばれるイスラムの宗教歌謡ですが、インドではむしろスーフィー歌謡という言葉の方が通りがいいようです。

 ヌスラットは多くの音楽家の尊敬も集めていて、アカデミー賞をとったARラフマーンもその一人です。実際、インドの大衆音楽に与えた影響は計り知れないものがあります。彼の弟子たちも大活躍していますしね。

 このCDでは、10人組での演奏になります。彼らは座って演奏します。編成は、ハルモニウム(小型のリードオルガン)2人、タブラ1人、副主唱者2人、手拍子とコーラス4人を従えてヌスラットが歌う形です。曲は大体15分前後の曲が4曲収められています。どれも同じ形で、ヌスラットが最初にテーマを提示し、次第に即興を交えながら、全体に加速しつつ大いに盛り上がっていきます。

 一曲だけペルシャ語の歌がありますが、残りはパンジャビ語です。シンプルながら力強い演奏をバックに、とにかく物凄い迫力のボーカルが繰り広げられます。凄いですよ。ビクターさんの素晴らしい録音技術で、音もとても素晴らしいです。

 私は、90年頃でしたか、彼らの二回目の来日公演を見に行きました。行くまでは正直半信半疑だったのですが、行ってみて本当に圧倒されました。ヌスラットの歌は本当にそれはそれは凄かったです。後にも先にもあんなコンサートは初めてですね。

 決して「綺麗な」声ではないのだが、その力強く繰り出される鋼のリズムと空を飛ぶ旋律には圧倒されっぱなしでした。後半になると耐え切れなくなった在日パキスタン人の皆さんが踊りだして、場は一層盛り上がりました。素晴らしいコンサートでした。この経験だけは素直に自慢させていただきます。

 ヌスラットはヨーロッパでも高い人気を誇っていますが、彼は他流試合も平気なところがさらに凄いです。ロックやヒップホップなどと一緒にやっても、全然安くなりません。そんな人だっただけに40代で亡くなってしまったのは返す返すも惜しいことです。

The Ecstatic Qawwali / Nusrat Fateh Ali Khan (1987)