あれも聴きたいこれも聴きたい-GlennGould デビュー前からライブ活動で高い評価を受け、23歳で満を持して発表したデビュー・アルバムがいきなりヒット・チャートの1位を獲得、いちやく時の人となる。しかも、デビュー作品の内容はレコード会社のお偉方の反対を押し切って自分の主張を貫き通したもの。

 映画俳優のようなルックスも相俟って人気を博し、それまでの常識を覆す異端そのものの演奏姿とステージ外での奇行ぶりが話題を独占、海を渡って本場でもその人気と実力が認められ、向かうところ敵なしと思われた絶頂期に突然ライブ活動の停止を宣言する。以降、スタジオ・ワークにこだわりにこだわったレコードを次々に発表、最新のテクノロジーを躊躇なく導入する一方で、音楽のルーツには徹底的にこだわりぬいた。そうして50歳で早すぎる死を迎える。
 
 グレン・グールドの生涯を紹介してみました。何ともロケン・ロールではありませんか。ロック界のスーパースターのような生涯です。ただし、ドラッグは出てこず、むしろミネラル・ウォーターがトレードマークだったりしますし、決して破滅型ではありません。そこが決定的に違いますが、カッコよさという点では完全に同じです。

 彼の奇行ぶりというのは、真夏でもセーターを着込み、演奏前にはピアノと一体化するためにありとあらゆることをやるというものであるらしく、演奏する姿は極端に低い椅子に腰かけ、鍵盤の下から指を伸ばしてピアノを弾くというものであるらしいです。こんなに綺麗な音が出るのだから、その弾き方が主流になってもよさそうなものですが、そうはいかないらしいのは伝統重視だからでしょうか。

 この作品がその話題のデビュー作です。ルイ・アームストロングを抑えてヒット・チャートの1位になったというのだから面白いものです。昔のヒットチャート、特にエルビス以前のものは今からでは想像するのが難しいですが、「南太平洋」などのミュージカル作品が常連だったことを考えると、確かにクラシックの作品がトップを飾ってもおかしくはないわけです。LPを購入する層がずいぶん今とは異なるということでもあるのでしょう。まだまだ贅沢品だったんでしょうね。

 グールド自身は、この作品を史上もっとも過大評価された作品と呼んでいて、何度か再録音をしています。しかし、この作品にはデビュー時にしか表現できない初心の魅力というのがあります。演奏自体はロケン・ロールな「ぶち壊そうぜ」的なところは微塵もなくて、実に清冽な瑞々しくて抒情性にあふれたバッハの演奏だと思います。

 私のような門外漢でも十分に感動できます。バッハはこれを不眠症に悩む伯爵のために書いたといいますが、こんな音楽を演奏されたら、余計眠れなくなります。まあ不眠のお伴にはよいのかもしれまえん。

 それにしても素晴らしい録音だと思います。昔の何もない頃の方が録音技術は確かだったといいますがまさにその通り。心構えが違ったんでしょうね。

J.S.Bach: The Goldberg Variations / Glenn Gould (1955)