あれも聴きたいこれも聴きたい-JohnCage 現代音楽の巨匠ジョン・ケージの作品集です。ロックやジャズを聴きなれた耳にも聴きやすい作品ばかりが並んでいます。

 最大の注目は超問題作「4分33秒」でしょう。この曲は一応ピアノ曲ですが、演奏者は4分33秒間ピアノの前に座っているだけで、音は一切出しません。馬鹿にしているのかと怒る人もいるかもしれませんが、相手は現代最高の哲学者でもある偉人なので怒る方が分が悪いです。

 ある評論で言われていたのは、この曲は音楽の既成概念を破壊するための曲なので、発表と同時に使命を終えたということでした。演奏されることを想定していないと言いきられていました。しかし、こういうことを言う人は真面目にこの曲を聴いたことがない人です。

 この曲は体験するためにあります。皆さんも耳を傾けてみてください。その際、音楽とは何かとか、ケージの思想の奥義を究めようとか、そういう芸術モードで聴かない方がいいと思います。「本当はピアニストはいないのではないか」とか、「実は何も録音されていないのではないか」とか下世話な気持で聴いた方がいいです。その方が真剣になれますし。

 実際、この曲は3つの楽章からなっていて、このCDでは楽章間に演奏者の衣擦れの音とピアノの蓋を開閉する音が聴こえます。お茶目な仕掛けですね。ビデオはオーケストラ・バージョンです。賞をとったビデオということで掲げてみました。

 私は初めて聴いた時のことを忘れません。まず、曲の途中から自分の呼吸の音が凄く気になりだしました。やがて、心臓の鼓動の音が聴こえてくるようになったと思うと、突然、まわりの環境音が堰を切ったように押し寄せてきました。普段は全く聴こえないと思っていた遠くを走る高速道路の車の音が中心でした。この世は音に満ちている、そんなことに覚醒した不思議な体験でした。初演の時は、聴衆全員に一斉に雨の音が聴こえ出したそうです。降り始めたわけではありませんよ。

 聴覚が解放されるということでしょうか。この体験以降、身の回りの音に敏感になりましたし、楽しめるようになりました。この曲は何度でも体験可能です。こちらの体調にも大きく左右されますし。

 一曲に力を注ぎすぎました。もう一曲ご紹介したいのは、「マルセル・デュシャンのための音楽」です。こちらは弦の間に異物を挟むプリペアード・ピアノの作品です。この曲は、ハンス・リヒターの「金で買える夢」という映像作品のために作られました。この映画は、夢を売る男の話で7つの夢のシーンが出てきますが、それぞれ有名な芸術家が制作しています。フェルナン・レジェ、マックス・エルンスト、マン・レイ、マルセル・デュシャン、アレクサンダー・カルダーです。教科書級でしょ。

 そのデュシャンのシークエンスの背景にこの曲が流れます。私はこの映画を独身時代にそれこそ10回位見ました。大好きなんです。一番の思い出の映画です。説明のしようがありませんので、とにかく見てください。有名な「階段を下りる裸婦」の実写版も出てきます。

 そのほかの曲はラジオのコラージュやおもちゃのピアノのための作品、言葉遊びのボーカル・パフォーンマンスと、誰もが思いつくもののケージでなければ作品にできないものばかり。大変面白いCDです。お勧めです。

John Cage / John Cage (1974)