あれも聴きたいこれも聴きたい-TulsiKumar ライス・ミュージックさんから本邦発売されたアルバムです。インドものはなかなか日本では発売されないので、見つけたら何でも買ってしまいます。しかし、どことなく見覚えがあるジャケットだと思っていますと、まだ私がインドにいる頃に発売されていた作品でした。

 トゥルシ・クマールはインドのプレイバック・シンガーです。ご存じのとおり、インドの誇る大衆芸術インド映画では、ミュージカルとまでは行きませんが、ほぼ必ず何曲か劇中で歌がうたわれます。一応、俳優が歌う作りにはなっていますが、実際には専門の歌手が歌っています。それがプレイバック・シンガーです。トゥルシは若手女性プレイバック・シンガーのホープでしょう。私はスニディ・チョーハンの方が好きなんですけれども。

 インドの大衆音楽界はこの映画音楽が大部分を占めています。日本に置き換えてみると、映画音楽がメジャーで、その他がインディーズだと思えばいいと思います。ポピュラー歌手が映画音楽でないオリジナル・アルバムを発表することは稀ですし、何より売れません。そもそもそんなことをしても、「えっ、何で」とインド人なら思うでしょう。わざわざインディーズから出すようなものですから。

 それをあえてやってみたのがこのアルバムだと言えるでしょう。彼女は、そもそもグルシャン・クマールというインドのレコード界の60%を占めるという大手レーベル、Tシリーズの社長の娘さんなんです。

 貧しい境遇からのし上がった立志伝中の人物である社長は、娘の才能に心奪われ、子供の頃からレッスンを受けさせ、見事に映画音楽界で活躍するまでに育て上げました。しかし、彼は怨恨から97年に殺されてしまいます。そんな父の夢を果たしたのがこのアルバムということが言えるかもしれません。

 プレイバック・シンガーの皆さんは、国民的な尊敬を集めている年輩の大御所を除けば、どんなに人気があっても映画が主というところは変わらないらしく、一様に扱いに不満をもっていると言われています。彼女もそうなのかもしれません。音楽一本で独り立ちを目指したのでしょう。しかし、いかんせん市場がない。残念です。

 この作品はどうかと申し上げますと、時に幼女のように、時に色っぽく響く彼女の歌声はなかなか素晴らしいのですが、残念ながら楽曲の魅力が今一つです。中途半端ですね。大変申し上げにくいのですが、ボーナスCDとして彼女の歌う映画音楽集が添付されており、そちらの方がよほど魅力的です。映画音楽でいいじゃん、と思ってしまいました。

Love Ho Jaaye / Tulsi Kumar (2009)