あれも聴きたいこれも聴きたい-Kraftwerk
 かつて、コンピューターに対する距離感が今とは比較にならないくらい遠かったです。一般には恐怖の対象でした。できれば係わりあいになりたくない。パソコンがフリーズしただけで、真っ青になってしまったものです。

 この距離感は電子音楽にもあてはまりました。電子音楽と言えば、まずシュトックハウゼンに代表されるように、現代音楽の世界での出来ごとでした。その後、富田勲やジャーマン勢など、ポピュラー界の世界にも進出してきますが、いずれも別の世界の出来事でした。

 そこへこのクラフトワークです。できればかかわりたくなかった電子音楽の世界がいよいよポップ・ミュージックの世界を浸食しました。日本の音楽評論家達も混乱しており、追従するか見下すか、いずれにしても同じ目線で正面から彼らの音楽を評した人はほぼ皆無でした。

 大きな文明論を持ち出して哲学的に論じるか、単なる新しもの好きで一過性のものに過ぎないと論じるか、大たいこのどちらかでした。どちらのサイドでも論点は魂。コンピューターに魂が浸食されるとすると前者、魂は不滅であるとすると後者。大げさです。

 しかし、デトロイトの子供たちは違いました。クラフトワークの音楽の新しいポップさに心を奪われ、その無限の可能性を素直に信じたわけです。デトロイト・テクノの誕生につながります。心ない評論家の言葉に悔しい思いをした私としては、素直に嬉しいことです。

 さて、この作品はポップなクラフトワークの誕生を告げる作品です。まだギターやピアノ、オルガン、フルートなども使っていますが、基本はほとんど電子楽器を使って、高速道路を走る車の音をスケッチしていきます。

 この反復するリズムと脱力ボーカルはとても新鮮でした。そして、このアウトバーンはシングル用にエディットされ、なんとアメリカやヨーロッパ各国で大ヒットしたのでした。これは事件です。後から振り返るとこの時に世界がひっくり返ってしまったと言えます。

 同じドイツのカンのホルガー・シューカイは「彼らがやったことはとても尊敬しているよ。ムード感のある映像を曲で作り上げているからね。シンプルなアイデアに基づいて作られた『アウトバーン』は、非常に強いアイデンティティをもっている。」と語っています。

 実際に日本の高速道路でかけてもあまりしっくりは来ませんが、室内で聴いている分には十分高速道路のムードが味わえます。ヨーロッパには標題音楽の伝統があるとは言え、ここまでポピュラー音楽の世界で音で情景を描写した作品はありませんでした。

 B面も情景描写なのですが、こちらは地味です。カシオトーンなどでよくある効果音を豪華にしたようにも聴こえます。典型的なシンセを使ったプログレとも言えるので驚天動地のA面と対比されると分が悪いです。

 なお、このジャケットはボックス・セットのものです。一新されました。昔のもいいですが、これはなかなか秀逸なデザインです。寡黙なことにかけては有名な彼ら、渾身のボックス・セットには一切アルバム解説はなく、豪華ブックレットは全てビジュアルだけ。素晴らしい。

参照:「めかくしジュークボックス」(工作舎)

Rewritten on 2017/10/17

Autobahn / Kraftwerk (1974 Philips)