あれも聴きたいこれも聴きたい-AgataMorio 私、実は、結核で1か月入院していました。今では昔と違って致命的な病気ではなくなりましたから、余計にレトロ感が強くなった病気です。それも、昭和の病気といいますか、戦前から大正、明治にかけての病というイメージですね。

 そういうわけですから、急に結核にかかった昔の人々が身近な存在に思えてきました。調べてみると、真っ先に名前があがるのは堀辰雄です。婚約者との富士見高原療養所での暮らしを題材にした日本一美しい小説「風立ちぬ」は、昔読みましたが、今では一層生々しく迫ってきます。

 昭和浪漫、大正ロマンの世界を描いたこの作品には、「堀辰雄に泣いたから」出来た歌、「冬のサナトリウム」が収められています。当時の世界を描くと背景に結核がどうしても出てくるのですね。

 さて、この作品は、あがた森魚のデビュー作品です。「赤色エレジー」の大ヒットで新人ながら破格の待遇を受けて、納得がいくまで自分の世界を追求した作品となりました。それが昭和初期から大正の世界だったわけで、ここまで徹底的にその時代を描き出した作品は他に知りません。

 歌の一つ一つがドラマを含んでいて、しかもそれが折り重なって全体で一つの統一体となっています。ドラマも生きていますから、人力車夫の豊八も、十勝生まれの蛇女の花ちゃんも、すみちゃんもけいちゃんも、さくらも一郎も皆キャラがたっています。浅草六区の神谷バアにも行きたくなります。

 音の方も、ワルツありタンゴあり、ジンタあり、口上ありとありとあらゆる要素をぶち込んで、見事に目鼻をつけています。細部までねりにねられている様子がありありと見て取れます。それにとにかく歌が凄い。ここまで気持よく歌っている作品というのもそうないですね。

 一つの冒険は昭和9年のヒット曲「女の友情」に自分の歌を重ねた試みです。大成功ですね。

 おまけにジャケットや付属のブックレットがまた凄い。小梅ちゃんでおなじみ、現代の竹久夢二、林静一の手になる絵柄は素晴らしいの一言です。

 ブックレットによると、女性の語りをのせた二曲「春の調べ」と「秋の調べ」は、インストにするかどうか議論があったようです。語りがなければこのアルバムの魅力は半減していたと私は思います。画竜点睛を欠いたでしょう。打ち明けますと、私は、特に「春の調べ」のなかの「けいちゃんはね」という語りの部分が、それはもう好きで好きでたまらないわけです。

 ブックレットも素晴らしい編集なんですが、その中で一番感動したのは、SM氏からのお便りです。「しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく しくしく、こういうレコードはもうださないでくださいねキングレコード様」。ツァラかサリンジャーか、とにかく素敵です。

 あがた森魚の世界はここからどんどん展開していきますが、その原点となる作品として今でも不滅の輝きを放っていると言っていいでしょう。

乙女の儚夢 / あがた森魚 (1972)