あれも聴きたいこれも聴きたい-Bjork5
  またまた恐ろしいジャケットです。今回はモノクロではないものの、カラーであるにもかかわらず色の数は極端に少なく、恐ろしいまでの迫力です。白鳥の前作とは随分違うことが予感されます。しかし、これは髪の毛を編んでるんでしょうか。

 ビョークのメジャー・ソロ5作目は、ジャケットが示唆する通り、前作とはがらりと変化しました。3年もの間を隔てているわけですから、ある程度の変化は予想されたことですけれども、ほとんど声だけでアルバムを作るとは誰が思ったことでしょう。

 今回の作品はビョーク本人の語るところによると、前作が「他のひとは誰もいらない」っていうアルバムだったのに対して、今作は「みんなで洞窟にでも集まって、ありとあらゆるタイプの曲を作ってみましょう」というアルバムになったということです。

 そこは良く分かります。曲の作り方は前作とあまり変わらない気がしますが、内向きか外向きか方向がまるで違って聴こえます。アテネ・オリンピックで歌った歌まで入っていますし。家で聴くよりアウトドアで聴いてみるといいかもしれません。洞窟ではあるんですが。

 この作品を聴いて、私は同じアイスランドのシガー・ロスのフィルム「ヘイマ」を思い浮かべました。一見荒涼とした風景なんですが、人々がつながっている様子がはっきりと分かり、ほのぼのとした気持ちになるいいフィルムでした。

 この作品は、一部、ピアノやドラが使われてはいますけれども、ほとんどが声だけで出来ています。ビョークとボーカルを分け合うのは、イヌイットの喉歌を歌うターニャ・タガックや、英国のロバート・ワイアットなど、ボーカルに一癖も二癖もある人です。

 そしてボイス・パーカッション。ジャズ・ヒップホップのバンドザ・ルーツにいたラゼール、日本人ビートボックスのDOKAKAなどが参加。さらにアイスランドとロンドンの合唱隊も参加、声にまつわるあらゆるものを結集した作品になっています。

 声だけで出来ていると言うと、私などはパンク時代のフュアリアス・ピッグというお茶らけバンドを思い出すわけですが、ビョークの試みには笑いの要素はありません。むしろブルガリアン・ヴォイスなどを思わせます。さらにはインド・パキスタン勢です。

 声だけだということで、どうしてもそちらに話題が行きがちですが、彼女のアルバムはこれまでもいろんな音を使ってきましたし、知らなければ特に声だけだと気づかないかもしれません。実験作といえば実験作ですが、そんなことを言えば彼女のアルバムは全部実験作です。

 本作の背景には911以降のアメリカの変貌ぶりが彼女に与えた衝撃が横たわっています。開かれていたはずのアメリカが一夜にして愛国一辺倒に変わってしまったことにとまどった外国人は少なくありません。「楽器がつまらないと思ったの」。

 「山であれたら。文明も何もいらない。手と足と血と肉、そして声さえあれば」。「歴史も文明も文化も何もかも置いてこようねっていう、そういうアルバムになったのよ」。常に身体と向き合ってきたビョークのベクトルの行き着く先にあった傑作です。

Rewritten on 2018/2/4

Medúlla / Björk (2004 One Little Indian)