あれも聴きたいこれも聴きたい-Phew
 動物の体は体壁系と内臓系に分かれるといいます。体壁系は脳・神経系、内臓系は心臓・血管系と言えます。内臓系の方が動物系のようですが、実はこちらは植物系です。動物は植物に体壁が加わってできているんです。

 人間をどちらを中心に生きているかによって分類するとすれば、フューは断然心臓・血管系です。彼女の声は内臓が震えているかのようです。彼女の歌を聴いているとあまりの生々しさにいたたまれなくなる。血糊の匂いがします。

 フューは日本のニュー・ウェーブ少年少女の憧れの存在でした。ベレー帽を被ってコートを羽織った華奢な少女はそれはもう素敵でした。あれからもはや30年。近年は活発に活動していたようですが、寡作の人だけに、ソロ・アルバムは15年ぶりです。

 しかも今回はフューの人生初のカバー集。あのフューがそもそもどんな曲を聴いて育ってきたのか、そんなところから興味津々でしたが、期待に違わぬ選曲ぶりです。いかにもな曲と意外な曲のブレンドがいいです。

 いかにも、と思ったのは寺山修司の曲2曲です。何と言ってもカルメン・マキの「時には母のない子のように」、そして音楽劇「レミング」から「世界の涯まで連れてって」です。寺山修司はフューに似合います。あの頃、寺山はカリスマ的でした。

 さらには坂本龍一の問題作「B2-UNIT」から「ザットネス・アンド・ゼアネス」なんていう意地悪な選曲もいかにもです。関係したアーティストの曲なので、何でこれを選ぶかなあと思わせるのも腕の見せ所です。

 意外な選曲という意味では、もちろん最大の話題はエルビス・プレスリーです。フューはお嬢様ですから幼少時は当然メイン・ストリームの音楽を聴いていたでしょう。エルビスは若者の反抗の象徴としてのエルビスではなく、打倒すべきエスタブリッシュメントでしょうか。

 そして、加藤和彦とフォーク・クルセダーズからは何と3曲も選ばれています。これは見事です。中村八大と永六輔コンビの2曲以上に意外に思いました。しかし全10曲中の半分がこの二組で占められていることになります。

 強烈に「歌」を感じさせる5曲です。一見すると不似合いな選曲のようですが、歌手としてのフューにとっては素直な素直な選曲なのでしょう。こちらがむしろお嬢様選曲でしょうか。特に六八コンビ。

 今回はフュー自身のプロデュースで、彼女いわく「自分の歌のよき理解者ばかりだった」というミュージシャンを揃えています。ジム・オルークが全曲に参加している他、デュオでアルバムも作った山本精一やMOSTで活動を共にする石橋英子や山本久士。

 そして最大の話題はアント・サリー時代の仲間bikke、パンゴの向島ゆり子の参加です。最高の仲間とともにフューが気持ちよさそうに歌う素敵なアルバムです。しかし、前面に置かれたボーカルはいつにまして生々しい。人と一緒に聴けない。

Five Finger Discount / Phew (2010 BeReKeT)

(2015/11/12 Edit)