あれも聴きたいこれも聴きたい-DollarBrand
 南アフリカには一度だけ足を踏み入れました。ただ、ヨハネスブルグの空港からプレトリアまで高速道路を飛ばし、普通の家を改造した豪華なホテルにチェックイン、プレトリアで仕事をして、一泊でロンドンに向かったため、コロニアルな南アの贅沢な部分しかみていません。

 南アフリカといえば、ダラー・ブランドことアブドゥラー・イブラヒムです。南アフリカというよりもアフリカきってのピアノ弾きです。アブドラー・イブラヒムはイスラムの名前ですけれども、この頃はダラー・ブランドという悪い冗談のような名前を使っていました。

 ピアノという楽器はどうにもお行儀が良いです。音階がはっきりしていますし、音色も澄んでいて、西洋古典音楽の王道を歩んでいます。したがって、ピアノの前に座ると、どこか小綺麗に弾いてしまいがちです。どうにもワイルドになりきれないものです。

 しかし、このダラー・ブランドのソロ・ピアノはとてもお行儀がよいとは言えません。むんむんしたアリーナのリングの上を、息遣い荒くピアノがうろつきまわっているようなそんなアルバムです。濃密でエロティックな音がねっとりとしたリズムを奏でていきます。

 ダラー・ブランドは、アフリカ人が演奏するジャズが珍しいため、どうしてもアフリカを意識した活動にならざるをえないようです。意識が過剰になるとなんとも鬱陶しいですし、本人よりも周りがそこばかり意識するとかなり面倒くさいことになります。

 岩浪洋三さんのライナーノーツがまさにそんな感じです。「アフリカにジャズはないなんて誰が言った」という調子で、ブランドの奏でる音楽がアフリカの民俗音楽とジャズというコンテキストにおいて語られていきます。語りたくなる気持ちは分かりますけれども。

 しかし、たとえばセネガルと南アフリカは天と地ほども違います。マグレブと南部アフリカ、西アフリカと東アフリカ、どれも大きく違います。あんな大きな大陸を一言で括ってしまうことができるわけはありません。あまり大きくアフリカという言葉を使うのはどうかと思います。

 私は、この作品など別にアフリカっぽいとは思いません。あまり賛同を得られるとは思いませんが、むしろ禁酒法時代のアメリカのクラブを想起させます。さっきのリングのイメージ。当時のアメリカはバーやクラブでボクシングやってたはずです。

 この作品は、お行儀が良くないと言いましたが、とても美しい作品です。闇に咲いた一輪の白い花、なんていう評もあったと記憶しています。ソロ・ピアノ作品にありがちな押し付けがましさは一切なくて、聴き手に向かって開かれた作品であると思います。

 このままでも十分素晴らしいですけれども、ライブで聴いてみたかったです。一枚のアルバムでは時間が短いんです。私としては、A面の曲を2時間くらい演奏してほしい。左手はもうずっとドローンと反復リズムを奏でて、右手は華麗に舞い踊ります。

 お酒を飲みながら聴いたら、なおのことよいでしょう。ちょっとわさわさした雰囲気のバーで、人々が小声で話す話声が絶妙の背景音になっている。だんだん酒がまわってきて、意識が朦朧とし始めると訪れる至福の時。考えるだに感動的です。

African Piano / Dollar Brand (1973 ECM)

*2011年2月7日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Bra Joe From Kilimanjaro
02. Selby That The Eternal Spirit Is The Only Reality
03. The Moon
04. Xaba
05. Sunset In Blue
06. Kippy
07. Jabulani - Easter Joy
08. Tintiyana

Personnel:
Dollar Brand : piano